決断
どの財閥にも属さないことを条件に、合併の相手を選んできた銀行である。帝国銀行からの分離では名称を三井側へ譲り、預金152億円・82店への縮小を受け入れた。1969年に三菱銀行との合併が進むと、井上薫会長は帝国銀行時代の人事の不公平を理由に反対し、1月13日に長谷川重三郎頭取が白紙還元を表明した。2年後に合併した日本勧業銀行は、預金高も支店数も第一銀行と近く、特定の財閥を背景に持たなかった。合併後の1984年10月には資本金3億円でハートファイナンスを設立し、都市銀行として初めて消費者金融の専門会社を傘下に置いている。
1997年6月 総会屋融資の隠蔽発覚
1984年10月 ハートファイナンス設立
ハートファイナンス設立1983年11月の規制緩和を受け、本体では外せない金利・担保・営業時間・審査基準の制約を別会社で越え、取引先企業との提携ローンを軸に個人向け無担保融資へ参入した判断同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1983 1984 1985 売上高(兆円) 1.8 1.8 2.2 経常利益率(%) 4.5 7.7 6.0 1971年 第一・勧業銀行の合併
第一・勧業銀行の合併1971年、第一銀行と日本勧業銀行が対等合併し、預金量で国内首位となる第一勧業銀行が発足した。都市銀行同士の合併は第二次世界大戦後初であった。同じ経営論点に直面した企業 | 経営統合・合併業績の推移1970 1975 売上高(億円) 1,311 7,513 経常利益率(%) − 8.8