第一勧業銀行第一・勧業銀行の合併:都市銀行と特殊銀行系の一体化による新銀行の成立
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筆者の見解
「対等」の理念と融合の現実
規模の利を求める行政の後押しのもとで、非財閥系の二行が対等の立場で結びついた。戦後初の都銀対等合併として国内首位行を生んだ意義は大きい一方、対等合併が抱える固有の難しさも示している。双方の自尊を立てる"対等"という理念を、両行は頭取の交互選出と併存人事として制度に落とした。それが結果として組織の縦割りと旧行意識を温存した。
成立それ自体は成功とみてよい。ただし合併の成否が決まるのは調印の日ではなく、その後の融合の過程である。旧第一・旧勧銀を併存させたまま走り出すことは、人事の火種をあらかじめ抱え込み、一体化を先の世代へ先送りにすることでもあった。その先送りは、みずほ銀行が発足したあとまで解かれなかった。
同じ問いに直面した会社
- 秋田魁新報 1971年10月1日 朝刊4面(国立国会図書館サーチ所蔵)
- 金融機関の合併及び転換に関する法律(昭和43年法律第86号)
- 日経ビジネス 1971年3月22日号(No.27)
- 日経ビジネス 1974年9月30日号(No.119)ケーススタディ
- 日経ビジネス 1979年2月12日号(No.233)ドキュメント決断
- 日経ビジネス 1979年2月26日号(No.234)ドキュメント決断
- 日経ビジネス 1981年2月23日号(No.286)ドキュメント決断
- 日経ビジネス 1981年2月23日号(No.286)ケーススタディ
- 日経ビジネス 1991年11月11日号(No.614)井上薫[第一勧業銀行名誉会長]談