荏原製作所対面市場別5カンパニー制への移行と、中期経営計画E-Plan2025による成長事業・基盤事業の切り分け
多角化を畳むか、選別して残すか——コングロマリットの資金配分
- 概要
- 2023年1月、荏原製作所が製品別の3カンパニー体制を、対面する市場別の建築・産業/エネルギー/インフラ/環境/精密・電子の5カンパニー体制へ組み替え、翌2月に中期経営計画E-Plan2025を発表した経営判断。2005年以来の事業体制の再編で、浅見正男社長のもとで進めた。
- 背景
- 2016年に前田東一社長が売上高5,000億円を生き残りの下限と掲げて以来、荏原は規模を追ってきた。一方で「これをやりたい」「技術的にはやれるはずだ」という思いが先行して新規事業に手を出す癖も残り、1990年代に参入した風力発電や燃料電池は2010年までに畳んでいた。
- 内容
- 5カンパニー制と同時に、プロダクト・ポートフォリオ・マネジメントを導入し、精密・電子と建築・産業を「成長事業」、環境とインフラを「基盤事業」として資金配分に差をつけた。D/Eレシオ0.3〜0.5倍の範囲で有利子負債を使って成長投資を行い、連結配当性向は35%以上とする方針を掲げた。
- 含意
- 多角化そのものを畳むのではなく、資本配分の設計で選別する決め方であった。2024年12月期に売上収益8,666億円・営業利益980億円で過去最高を更新し、時価総額は5年で5倍超の約1兆8,000億円に達した。2025年3月に就いた細田修吾社長は売上高1兆円を次の目標に置いている。
畳まずに選別するという決め方
荏原がこの再編でやらなかったことのほうが、やったことより性格を表している。事業は一つも売らず、五つ並べたまま、精密・電子と建築・産業を成長事業、環境とインフラを基盤事業に分けて資金の配り方だけを変えた。渕田徹也CFOがすべての事業について荏原こそがベストオーナーだと述べたとおり、選択と集中を撤退で示す道は選んでいない。1990年代の風力発電や燃料電池を畳んだ経験が、事業を減らす痛みではなく、増やす前の規律のほうへ効いたとみられる。
ただし、この決め方が成り立っているのは、精密・電子が全社利益の半分を稼いでいるあいだに限られるかもしれない。半導体の需要には波があり、細田修吾社長自身が「好事魔多し」と述べて2000年代の低迷からの立て直しを引き合いに出している。基盤事業に置かれた環境とインフラは、2003年に285億円の赤字をもたらした事業の後身でもある。稼ぎ頭が一つに寄った構成のまま1兆円を目指す以上、資金配分の設計は次の波でもう一度試されるといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
規模を追った二十年と、畳んできた新規事業
規模への渇望は古い。2000年に社長へ就いた依田正稔氏がまとめた中期経営計画は、2005年3月期の連結売上高1兆円を掲げていたが、実際の2005年3月期は4,783億円にとどまった。それから十年余りを経た2016年、前田東一社長は「産業機械メーカーとして世界市場で生き残るためには、売上高5,000億円が下限」と述べ、自律的な成長だけでは足りず「それなりの規模のM&Aが必要だろう」と続けた[1][2]。
買収は実際に重ねた。2021年4月にトルコのポンプメーカー、2022年9月にはカナダと米国の産業ポンプ・ミキサーメーカー6社を傘下に持つHayward Gordon Holdingsを買収している。一方で、荏原には「これをやりたい」「技術的にはやれるはずだ」という思いが先行して新規事業に手を出す癖も残っていた。1990年代に参入した風力発電と燃料電池は、2010年までに畳んでいる[3][4]。
2005年から動かなかった事業の枠組み
事業の区切り方そのものは長く変わっていなかった。荏原がカンパニー制を導入したのは2005年4月で、本社機能を担うコーポレートと、風水力機械・環境事業・精密・電子事業の3カンパニーという構成である。祖業のポンプ、ごみ焼却と水処理、半導体装置という製品別の並びで、2003年の環境プラントの失敗も2010年の水事業の切り出しも、この枠のなかで処理されてきた[5]。
統治の側は先に手を入れていた。2015年6月に指名委員会等設置会社へ移行し、翌年時点で取締役14名のうち7名が社外、業務執行役を兼ねる取締役は社長を含め3名だけという構成である。前田社長は経営方針を取締役会で3回議論したと述べ、「会議ではつねに合理性が問われ、投資家向け説明会のような緊張感を感じる」と語っていた。資金配分を議論できる場は先に用意されていた[6][7]。
決断
製品別から対面市場別へ
2023年1月、荏原は事業の区切り方を製品から顧客の側へ移した。対面市場別組織への移行にともない、建築・産業、エネルギー、インフラ、環境、精密・電子の5カンパニー体制とする。標準ポンプと冷熱機械は建築・産業、石油・ガス向けのカスタムポンプとコンプレッサはエネルギー、上下水道と農業用ポンプはインフラという分け方で、祖業のポンプは三つのカンパニーへ分かれた。2005年以来の再編であった[8][9]。
翌2月の決算説明会では、新しい中期経営計画E-Plan2025を発表した。新セグメントでの開示をこの期から始め、連結配当性向は35%以上とする方針を掲げる。財務の側では、健全性と資本効率のバランス指標としてD/Eレシオ0.3〜0.5倍を置き、その範囲内で有利子負債を使って成長投資を行うと定めた。計画期間そのものを、次の成長に向けた投資期間と規定している[10][11]。
畳まずに、資金配分で選別する
組み替えの芯は、事業の数を減らさなかった点にある。荏原はプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントを導入し、精密・電子と建築・産業を「成長事業」、環境とインフラを「基盤事業」に置いて資金の配り方に差をつけた。撤退で身軽になるのではなく、同じ屋根の下に置いたまま投資の順位を決める。渕田徹也CFOは、現時点ではすべての事業について荏原がベストオーナーだと考えている、と述べている[12][13]。
事業の軸を組み替えると同時に、地域の軸も引いた。2023年8月、荏原は中国における地域統括会社として荏原(中国)有限公司を設立している。5カンパニーが縦に走り、地域統括が横に走る。細田修吾氏はのちに、海外拠点がそれぞれ個別に最適化を追うことの非効率を挙げ、財務も人も在庫も「大きな財布に各社をつなげて出入りを管理」する必要があると説明した[14][15]。
結果
過去最高益と、次の1兆円
数字は計画期間のあいだに伸びた。2024年12月期は売上収益8,666億円・営業利益980億円で過去最高を更新し、2025年12月期はさらに9,582億円・1,138億円へ伸びた。牽引したのは成長事業に区分した精密・電子で、2025年12月期のセグメント利益577億円は5事業合計1,166億円のほぼ半分にあたる。時価総額は5年で5倍を超え、約1兆8,000億円に達した[16][17]。
2025年3月、CFOを務めた細田修吾氏が社長に就いた。同氏は海外売上高比率66%という現状を挙げ、「現状の売上高9000億円レベルはグローバル企業としては中途半端だ」「まずは1兆円を達成し、1.5兆円、2兆円と目線を引き上げていきたい」と述べている。統合的な管理にはコストがかかるぶん、規模が大きいほど利益を出しやすいという理屈である。2025年8月には自己資本水準の適正化として自己株式の取得も決めた[18][19]。
- 荏原製作所 有価証券報告書【沿革】
- 荏原製作所 有価証券報告書【事業の内容】
- 荏原製作所 有価証券報告書(2005年3月期・連結)
- 荏原製作所 有価証券報告書(2024年12月期・2025年12月期・連結・IFRS)
- 荏原製作所 2022年12月期 決算説明会資料(2023年2月)
- 荏原製作所 2025年12月期 第2四半期 決算説明会 質疑応答
- 週刊東洋経済 2016年7月30日号「この人に聞く 荏原 社長 前田東一 世界で生き残る下限は売上高5000億円だ」
- 週刊東洋経済 2025年5月10日号「トップに直撃 荏原 社長 細田修吾『現状の売上高では中途半端 まずは1兆円を達成する』」
- 日経ビジネス電子版 2025年12月12日「荏原、多角化失敗からの逆転劇 利益効率重視のコングロマリットで株価5倍」