ツムラ中国平安保険との資本業務提携と、第三者割当による筆頭株主の受け入れ

原料の調達地であった中国を、市場に変えるために誰と組むか

時期 2017年9月
意思決定者(推定) 加藤照和 社長
論点 中国事業の拡大と資本提携
概要
2017年9月22日、ツムラは中国の保険最大手である中国平安保険(集団)との資本業務提携を発表した。ツムラが実施する第三者割当を平安グループの中国平安人寿保険が引き受け、議決権ベースで10.04%を持つ筆頭株主となる内容で、調達額は273億円であった。
背景
ツムラは1991年に深セン、2001年に上海へ現地法人を設けたものの、中国はもっぱら原料生薬の調達地であった。原料の8割以上を中国産に依存する一方、中国の医薬品市場では中医薬が約26%を占め、日本の漢方薬の2%未満とは市場の厚みが違っていた。
内容
提携では合弁会社を設けて生薬加工拠点の建設・整備と加工技術の開発を進め、中薬を対象とする分析研究センターも共同で設立する構想が示された。平安側は保険から医療健康サービスへ事業を広げており、その顧客基盤と販路をツムラの品質管理・研究開発と組み合わせる形をとった。
含意
提携を機に2018年6月、ツムラ56%・平安人寿44%出資の平安津村が発足した。同社は2023年4月に1918年創業の中医薬メーカー陝西紫光辰済薬業を完全子会社化し、ツムラの中国事業売上高は2025年度に314億円へ伸びた。
筆者の見解

生薬を買う相手から、売る相手へ

この提携で動いたのは、出資比率よりも取引の向きであった。1991年に深センへ拠点を置いて以来、ツムラにとっての中国は生薬を買う場所であり、品質を管理する対象であった。約2万軒の契約農家に栽培記録を書かせる仕組みも、日本で売る製剤の品質を守るための投資である。その管理手法を持ったまま現地の会社を買い、現地の患者へ売る側に回ったとき、日本国内で積み上げた品質管理そのものが商品になった。2023年度に187億円を売った平安津村薬業の生薬販売は、その転換の最初の数字にあたる。

相手が保険会社である点も、この判断の性格を決めている。製薬会社と組めば技術と製品の交換になるところを、ツムラは顧客と販路を持つ金融資本を選び、その見返りに議決権の1割を渡した。中国側から見れば、科学的な裏づけの薄さを弱点としてきた中医薬業界に、日本で130年かけて磨かれた品質管理を持ち込む取引でもある。老舗の買収に対して中国の伝統文化を安く買いたたいたという批判が一部に出たことは、この提携が単なる資本取引として受け取られていないことを示している。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

調達地としての中国

ツムラにとって中国は、長らく買う側の土地であった。1991年3月に広東省深セン市へ深セン津村薬業を設立し、2001年7月には上海津村製薬を置いた。いずれも医療用漢方製剤の原料となる生薬を確保するための拠点である。原料の8割以上を中国産に依存する調達構造は、日本国内で8割超のシェアを持つ事業の土台であると同時に、産地の農薬使用や品質のばらつきを自社で管理しなければならない負担でもあった[1][2]

買う側にとどまる限り、中国の市場規模は自社の売上に反映されなかった。中国の医薬品市場で中医薬は約26%のシェアを占めるのに対し、日本国内の漢方薬のシェアは2%未満にすぎない。しかも中国では65歳以上の高齢者が2035年に4億人を超えると見込まれ、需要の伸びしろも日本を上回っていた。2016年12月、ツムラは中国事業の統括会社として津村(中国)有限公司を設立し、現地体制を整える準備に入った[3][4]

相手として保険会社を選ぶ理由

中国で医薬品を売るには、製造の許認可と流通の網、そして処方する医師や消費者への接点が要る。ツムラが単独で揃えるには時間がかかる要素であった。中国の中医薬業界は、老舗の漢方薬店を出自とする中小企業が乱立し、研究開発力が弱いまま大きく成長できずにきた事情もある。成分や作用の因果関係を科学的に詰めないまま古い薬を売る商売が続き、中医薬の古くささを拒む層も国内に根強く残っていた[5]

そこへ相手として現れたのが、保険最大手の中国平安保険(集団)であった。平安保険は近年、保険販売にとどまらず幅広いサービス領域へ事業を広げ、社会の富裕化で高まる健康志向を受けて医療健康関連事業を強化しようとしていた。中国国内にない品質管理と研究開発の力を持つツムラと組む動機がそこにあった。製薬同士ではなく、顧客基盤と金融・ITを持つ会社と組む選択が、この提携の形を決めた[6]

決断

273億円の第三者割当と筆頭株主の交代

2017年9月22日、ツムラは中国平安保険(集団)との資本業務提携を発表した。ツムラが実施する第三者割当を平安保険の子会社が引き受け、議決権ベースで10.04%を持つ筆頭株主となる内容で、調達額は273億円であった。国内シェア8割を握る漢方製剤メーカーが、外国の金融資本を自社の筆頭株主として迎える判断である。払込は同年10月に完了し、平安人寿保険がツムラの筆頭株主となった[7][8]

資本の受け入れとあわせて、事業の枠組みも示された。両社は中国に合弁会社を設立し、生薬加工拠点の建設・整備と加工技術の開発を進める。中国の伝統医学で使う中薬を中心とした分析研究センターも共同で設立する計画であった。原料の調達から製造、販売までを一貫して手がけ、平安保険グループの顧客や医療機関、ネットサービスを販路として使う構想で、合弁会社にはツムラが過半を出資する方針が示された[9][10]

10%の資本を受けるということ

提携の相手が保険会社であることは、資本構成の意味を単純な業務提携より複雑にした。金融機関が議決権の1割を握る筆頭株主として並ぶ以上、日本国内の医療用漢方で得た収益の使い道にも、相手方の関心が及ぶ余地が生まれる。ツムラの側から見れば、273億円の資金と中国での販路を得る代わりに、株主構成の主導権の一部を渡した取引であった。2025年3月末の時点でも、中国平安人寿保険は発行済株式の10.06%を保有している[11]

国内の事業が制度に左右される会社であったことも、この判断の背後にある。2009年11月の政府の事業仕分けでは、漢方薬は薬局で市販されており医師が処方する必要性が乏しいとして、公的医療保険の対象から外す方針が示された。処方する医師と患者の反発で12月には方針が改められ保険適用は続いたものの、制度の一言で市場が消えうる事業であることは残った。制度の外に成長を求めるなら、生薬の産地であり高齢化が進む中国以外に候補は乏しかった[12]

結果

平安津村と中成薬事業

提携は合弁の設立へ進んだ。2018年6月、ツムラが56%、中国平安人寿保険が44%を出資する平安津村有限公司が上海に発足した。2020年3月には日本向け原料生薬の安定供給を狙って天津盛実百草中薬科技の持分を取得し、同社は同年8月に平安津村薬業へ社名を改めた。2023年4月、平安津村は1918年創業の中医薬メーカー、陝西紫光辰済薬業の株式を100%取得して完全子会社とし、中成薬事業への参入を決めた[13][14]

事業の規模も動いた。平安津村薬業は生薬の品質を認知させるため販路を広げ、2023年度に187億円の販売実績を上げた。2025年度には上海虹橋中薬飲片の連結に加え、平安津村薬業と深セン津村薬業での原料生薬・飲片の販売が伸び、中国事業の売上高は前年比52.4%増の314億円となった。買う側の拠点だった中国が、国内の医療用漢方製剤1539億円に次ぐ売上を生む事業へ変わった[15][16]

提携から8年後の関係

資本関係と事業の関係は、その後も維持されている。2024年5月の決算説明会で、平安との関係は変わらないと考えてよいかと問われた加藤照和社長は、全く変わっていないと答えた。2026年5月の説明会では、中国平安保険やその傘下企業の協力のもとで製品の付加価値を段階的に高め、平安津村グループならではの商品開発・販売を進める方針が示された。第2期中期経営計画では、平安津村薬業の持分の追加取得も投資計画に組み込まれている[17][18]

現地で売るものの中身も変わった。ツムラは中国で原料生薬の販売を通じ、自社グループの生薬品質やGACP生薬トレーサビリティの管理システムを取引先へ理解させ、信頼される生薬のブランドを築こうとしている。2026年5月の説明会では、平安保険や傘下企業の協力を得ながら製品の付加価値を段階的に高め、自然由来の健康維持増進に向けた商品を中国の消費者へ届ける方針が示された。原料の買い付け先として入った国で、品質管理そのものを売り物にする段階へ移っている[19]

出典・参考

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