ABCマート韓国を皮切りにSPA型小売モデルをアジアへ移した海外展開

時期 2002年8月
意思決定者(推定) 三木正浩 社長
論点 海外市場への展開と現地法人の持分政策
概要
2002年8月、エービーシー・マートは韓国での靴小売を目的にABC-MART KOREA,INC.を出資比率51.0%の合弁で設立した。2004年から本格的な出店を始め、韓国はのちに海外で最大の市場となる。台湾・米国・ベトナム・フィリピンへ広がる海外網の最初の一手にあたる。
背景
同じ2002年に卸売を畳んで小売専業へ移り、国内店舗数は100に達していた。1990年以来、靴の生産は韓国の工場へ委託しており、供給網と販売先が同じ国で重なる利点があった。
内容
現地企業と組む合弁から入り、2010年10月の増資で出資比率を68.0%、2011年3月に100.0%へ引き上げた。2010年2月には台湾のJOINT POWER INTERNATIONAL Ltd.へ資本参加して子会社化し、2022年3月にはベトナムで合弁会社を設立した。
含意
韓国の店舗数はFY2005の30店から2026年2月末の320店へ増え、2025年2月期の韓国売上高は705億円に達した。一方で現地では日系という認識が薄く、そのことが不買運動の影響を抑える反面、ブランドの由来を訴える手立てを持たない状態も生んだ。
筆者の見解

名前を持たずに出ていくということ

この海外展開でまず目を引くのは、進出先の選び方よりも、進出の順序である。生産を委託していた国へ売りに行く——供給の経路をすでに持っている場所を最初の市場に選んだ点に、この会社の慎重さがうかがえる。合弁で入って現地の知見を借り、店舗網の型が固まってから持分を100%へ引き上げる運びも同じ性格を帯びている。国内でSC出店を加速していた時期に並行して着手した点を含め、大きな賭けというより、確かめながら踏み幅を広げる進め方であったとみることができる。

一方で、日系という認識を持たれないまま現地に溶け込む形は、二つの意味を持ち続けている。不買運動の影響を受けにくい反面、日本で積み上げた信用や物語を持ち出せない。靴の小売は品揃えと立地で決まる商売であり、そこでは無名であることが必ずしも不利にならない。ただし現地企業の店舗を買って規模を足す段階に入った今、何を掲げて客に選ばれる会社であるのかという問いは、国内よりも先に海外で問われることになるのかもしれない。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

出典・参考

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