韓国からアジアへ海外展開(2002年・ABCマートの決断) 更新:2026/07/22 論点 小売モデルを海外へ展開するか ABCマート:業績の推移 売上高(億円)当期純利益率(%)データ出所 自社で組み上げたSPA型小売モデルを国外へ持ち出す形での市場開拓 何をなぜ決めたか:自社で組み上げたSPA型小売モデルを国外へ持ち出す形での市場開拓 概要 2002年8月、エービーシー・マートは韓国での靴小売を目的にABC-MART KOREA,INC.を出資比率51.0%の合弁で設立した。2004年から本格的な出店を始め、韓国はのちに海外で最大の市場となる。台湾・米国・ベトナム・フィリピンへ広がる海外網の最初の一手にあたる。 背景 同じ2002年に卸売を畳んで小売専業へ移り、国内店舗数は100に達していた。1990年以来、靴の生産は韓国の工場へ委託しており、供給網と販売先が同じ国で重なる利点があった。 内容 現地企業と組む合弁から入り、2010年10月の増資で出資比率を68.0%、2011年3月に100.0%へ引き上げた。2010年2月には台湾のJOINT POWER INTERNATIONAL Ltd.へ資本参加して子会社化し、2022年3月にはベトナムで合弁会社を設立した。 含意 韓国の店舗数はFY2005の30店から2026年2月末の320店へ増え、2025年2月期の韓国売上高は705億円に達した。一方で現地では日系という認識が薄く、そのことが不買運動の影響を抑える反面、ブランドの由来を訴える手立てを持たない状態も生んだ。 いつ何が起きたか 7件 考察:名前を持たずに出ていくということ 考察 考察:名前を持たずに出ていくということ この海外展開でまず目を引くのは、進出先の選び方よりも、進出の順序である。生産を委託していた国へ売りに行く——供給の経路をすでに持っている場所を最初の市場に選んだ点に、この会社の慎重さがうかがえる。合弁で入って現地の知見を借り、店舗網の型が固まってから持分を100%へ引き上げる運びも同じ性格を帯びている。国内でSC出店を加速していた時期に並行して着手した点を含め、大きな賭けというより、確かめながら踏み幅を広げる進め方であったとみられる。 一方で、日系という認識を持たれないまま現地に溶け込む形は、二つの意味を持ち続けている。不買運動の影響を受けにくい反面、日本で積み上げた信用や物語を持ち出せない。靴の小売は品揃えと立地で決まる商売であり、そこでは無名であることが必ずしも不利にならない。ただし現地企業の店舗を買って規模を足す段階に入った今、何を掲げて客に選ばれる会社であるのかという問いは、国内よりも先に海外で問われることになるのかもしれない。 Yutaka Sugiura, 2026年7月 参考文献 参考文献 参考エービーシー・マート 有価証券報告書【沿革】エービーシー・マート 有価証券報告書エービーシー・マート 有価証券報告書(連結・地域ごとの情報)エービーシー・マート 有価証券報告書・FACT BOOK戦略経営者 2000年7月号エービーシー・マート公式サイト「ABC-MART の歴史」エービーシー・マート 決算説明資料(2025年2月期・翌期の戦略) 次に読む決断 ABCマートの意思決定1990年ABCマートABCマート韓国生産委託でSPA化ライセンス取得を足がかりにしたカジュアルシューズの企画から販売までの一貫化1990年2002年ABCマートABCマートITCからABCマートへ改称祖業である卸売を畳んでの小売専業への一本化と、業態そのものの転換2002年同じ問い:現地生産からグローバル経営へ2002年日産自動車日産自動車日産180による100万台増販再建から成長への転換と、北米の新工場・中国の合弁を軸にした世界販売の上積み2002年2002年ピジョンピジョン上海進出と母乳育児相談室国家衛生部と組んだ現地での育児支援拠点づくりと、海外売上高比率5割への移行2002年2004年エーザイエーザイ欧州統括会社Eisai Europeの設立拡大EUへの自社販売網と資金を集約する英国の持株会社2004年2005年UBEUBEカプロラクタムの量産化スペイン・タイでの現地生産まで拡大したナイロン原料の世界供給網の構築2005年1996年ローツェローツェハイフォンに量産拠点設立開発と量産を国境で分担する国際分業体制の構築1996年 × 出所