この判断の面白さは、法人格の残し方にある。存続したのは祖業のITCでありながら、看板は小売子会社のものを名乗った。法務の手続きとしては珍しくない形ながら、会社が自分の来歴のどちらを外へ示すかという選択でもある。三木正浩氏は17年かけて育てた輸入卸の名を対外的に消し、社員数十名で始めた小売の屋号を全社の名前に据えた。畳んだ事業の利益率が25%前後であったことを思えば、収益の良し悪しではなく売り先の数え方で将来を測った判断であったのだろう。
転換の後に残ったのは、店舗網そのものよりも、輸入卸として蓄えた仕入れの技術であった。ブランドとの直接の交渉、生産委託先の管理、価格の作り方——いずれも小売の売場でそのまま効く。大手ブランドが直販へ傾き、小売店を選別する時代に、その来歴が競争条件として働いている。ただし店舗網の伸びをSCの新設に頼る構造は、卸売の売り先が限られていた問題と形を変えて続いているだろう。何に依存するかを選び直す判断は、この会社にとって一度きりの作業ではないのかもしれない。