1985年6月に三木正浩氏は29歳で株式会社国際貿易商事を設立し[1]、欧米カジュアルウェアの輸入販売を始めた[2]。翌年にはロンドンで流行していた革靴ブランド『ホーキンス』の国内独占販売権を取得した[3]。ロンドンでホーキンスを履く若者に着目した三木氏は、メーカーへ直接出向き、即断即決で交渉した。日本では無名だったブランドの販売権を、自分で現地まで足を運ぶ手法で押さえた点に、創業期の意思決定スタイルが現れている。現地で実物を確かめる姿勢は、商品選定の基本原則として組織に引き継がれた。アパレル業界全体が百貨店チャネル縮小とSPAモデル台頭の波に揺れる前夜の話で、靴という商材で同じ波を先取りする最初の打ち手だった。
コスビーやバンズなど複数の欧米ブランドの独占販売権も蓄積[4]し、競合他社が同じ商品を扱えない排他的な地位を築いた。販売権を自社で握る卸売業者という立場が、小売業ABCマートを開始したときの商品力の基盤となった。単一ブランドへ依存せず複数のブランドを束ねる事業構造は、流行の変動に対しても一定の耐性を備え、早い段階で形作られた。後の急成長を支える前提となり、同業他社との差別化の源泉として長く働いた。ブランドの選別眼と交渉力がともに社内へ蓄積された時期に、業態転換を可能にする無形資産が積み上がった。複数ブランドを横並びで束ねる戦略は、特定ブランドの賞味期限が切れても他で補える柔軟性を組織にもたらした。後の小売業転換で商品調達の自由度を支える基盤にもなった。
1990年から三木氏は韓国での生産委託体制を築き[5]、カジュアルシューズのSPAを志向した。独占販売権に加えて生産ライセンスも取得し、ブランド力・生産力・価格競争力を自社で統合する体制を整えた。1993年にはホーキンスの販売価格を30%値下げしつつ利益率24%を維持し、低価格と高利益率を両方達成した。生産現場の品質管理と発注ロットの最適化を通じて、自前の生産ネットワークの強みが現れた。中間マージンを排除しつつブランド価値を維持するモデルは、当時の日本の靴業界では珍しい試みだった。後年のアパレル業界全体へのSPAモデル波及を先取りした例でもある。韓国生産は当時の日韓の工賃差と地理的近接性を活かす選択だった。欧米ブランドの本来の生産国を離れ、自社管理下のサプライチェーンへ組み替えた発想は、靴卸売業の常識からは外れていた。
1995年には年間利益37億円のもとで[6]、木村拓哉起用のTVCMへ40億円を投下した[7]。FY1996には売上高268億円に達[8]した。しかし大量露出はホーキンスの需要を短期で消化し尽くし、ブーム一巡後の売上低迷を招いた。単一ブランド依存の卸売モデルの限界が表に出て、小売業ABCマートへの業態転換を加速させた。40億円規模の広告投資は短期で売上を押し上げる反面、ブランドの消費サイクルも加速させた。広告費の投下と売上拡大を比例で捉えない姿勢が、後の出店戦略の堅実さにもつながった。ブランドの寿命を意識して投資の緩急を調整する感覚は、CM投下の教訓から培われた。1995年の利益37億円に対して40億円のCM投下は単年度黒字を上回る賭けで、卸売だけで稼ぐ構造の天井を可視化した。自社で売場を持って需要を平準化する小売業転換の必要性も同時に表面化した。
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|---|---|---|---|---|
| 1985〜1995年卸売業からSPAモデルへの事業基盤の確立 | 国際貿易商事を設立 | ★ | ||
| ホーキンスの国内独占販売権を取得 | ★★ | |||
| インターナショナル・トレーディング・コーポレーションに商号変更 | ★ | |||
| ABCマート1号店を開業・小売業に参入 | ★★★ | |||
| 韓国での生産委託とライセンス取得によるカジュアルシューズのSPA化 1990年2月、欧米カジュアルブランドの輸入卸だったインターナショナル・トレーディング・コーポレーション(ITC)が、韓国での靴の生産委託を始めた。翌1991年6月には英G.T.HAWKINS LIMITED社からライセンス生産の権利を取得し、企画・生産・販売を自社で握る製造小売(SPA)の体制へ移した経営判断。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 「G.T.HAWKINS」の商標権を買収し自社ブランド化 | ★★ | |||
| ホーキンスのTVCMを放映・木村拓哉を起用 | ★ | |||
| 1996〜2007年SC積極出店と全国チェーン化モデルの確立期 | ABCマートの積極出店を開始・SCに照準 | ★★ | ||
| 株式を店頭公開 | ★ | |||
| ABCマート銀座店を開業(土地取得あり) | ★ | |||
| 祖業の卸売を畳み、小売業エービーシー・マートへ一本化した業態転換 2002年3月、インターナショナル・トレーディング・コーポレーション(ITC)が連結子会社の株式会社エービーシー・マートを吸収合併し、同年8月に存続会社の商号を株式会社エービーシー・マートへ変更した。1985年以来の輸入卸から小売専業へ、事業と法人格の両方を移した経営判断。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 韓国を皮切りにSPA型小売モデルをアジアへ移した海外展開 2002年8月、エービーシー・マートは韓国での靴小売を目的にABC-MART KOREA,INC.を出資比率51.0%の合弁で設立した。2004年から本格的な出店を始め、韓国はのちに海外で最大の市場となる。台湾・米国・ベトナム・フィリピンへ広がる海外網の最初の一手にあたる。 詳細を読む | ★★★ | |||
| 金城正宏 | 野口実氏が代表取締役社長に就任 | ★ | ||
| 2008〜2022年1000店舗突破とアジア市場への本格展開 | 野口実 | 旗艦店業態「GRANDSTAGE」の出店開始 | ★ | |
| 野口実 | 台湾「JOINT POWER INTERNATIONAL」へ資本参加し子会社化 | ★ | ||
| 野口実 | LaCrosseをTOBにて買収 | ★★ | ||
| 野口実 | 国内初の自社靴製造工場「ABC SHOE FACTORY」を設立 | ★ | ||
| 野口実 | 国内1000店舗体制へ | ★ | ||
| 野口実 | 「オッシュマンズ・ジャパン」を完全子会社化 | ★★ | ||
| 野口実 | 合弁会社「ABC-MART VIETNAM」を設立 | ★ | ||
| 野口実 | グループ出店で1,500店舗を達成 | ★ | ||
| 野口実 | GS旗艦店を銀座に新規出店(予定) | ★ |
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事実根拠:出所(ABCマート)