ツムラ子会社ツムラライフサイエンスの売却による家庭用品事業からの撤退

時期 2008年7月
意思決定者(推定) 芳井順一 社長
論点 家庭用品事業からの撤退と医療用漢方への集中
概要
2008年、ツムラは入浴剤『バスクリン』などを扱う連結子会社ツムラライフサイエンスの全株式を約46億円で譲渡し、家庭用品事業から撤退した。買い手はワイズパートナーズが運営するファンドで、実質は同子会社の経営陣・従業員による買収であった。譲渡は2008年8月29日付で完了した。
背景
1930年発売のバスクリンは、2代目津村重舎氏が漢方研究への投資を続ける原資となった商品である。しかし入浴剤市場では2002年に花王『バブ』に首位を明け渡し、販促費のかさむ日用品と、医師が処方する医療用医薬品とでは、必要な営業のかたちが分かれていた。
内容
ツムラは2006年10月に家庭用品事業を分社してツムラライフサイエンスへ承継させたうえで、2008年にその株式を手放した。国内シェア8割を握る医療用漢方製剤に経営資源を集め、需要が増える原料生薬の調達と設備増強へ投資を振り向ける判断であった。
含意
売却先のツムラライフサイエンスは2010年に社名を株式会社バスクリンへ改め、2011年12月にアース製薬が約150億円で取得した。ツムラが46億円で手放したブランドは、3年余りで入浴剤首位の座を担う事業として評価し直された。
筆者の見解

入浴剤を売る会社であり続けた部分

撤退の線引きは、商品カテゴリーではなく販路で引かれていた。ツムラが手放したのはマスの棚で広告費を競う家庭用品事業であって、入浴剤そのものではない。生薬エキスを配合した『バスハーブ』は今もツムラの製品として残り、2025年度のヘルスケア製品62億円の伸びを押し上げている。同じ湯船に入れる商品でも、生薬の説明が売りになるものは残り、香りと販促量で売るものは外へ出た。この会社の選別の基準がどこにあるかは、残った商品を見るとよく分かる。

値づけの面では、売却は買い手に厚く働いた。46億円で出た会社は、3年余り後に150億円で次の買い手へ渡り、入浴剤首位の事業として再評価された。ただしツムラの側から見れば、家庭用品を抱えたまま医療用漢方の設備投資と中国での原料調達に資金を割く道はなかった。1930年発売のバスクリンが漢方研究の費用を出し続けた70年余りののち、資金の流れは向きを変え、漢方が自らの成長費用を賄う会社になった。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

出典・参考

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