製造業コンサルからソフトウェアテスト専業への業態転換

順調な創業事業を手放してまで、丹下大氏はなぜ未開拓のソフトウェアテスト市場に賭けたか

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時期 2009
意思決定者 丹下大 社長
論点 事業領域の選択と人材モデル
概要
2009年、製造業向けコンサルとして創業したSHIFTが、丹下大社長の主導でソフトウェアテスト専業へ業態を転換し、テスト人材を標準化して大量に育てる事業モデルへ移した経営判断。
背景
創業事業の製造業プロセス改善は順調だったが、2007年に大手IT企業からテスト外注のコスト過多を相談され、テスト工程が付随作業として軽く扱われ専業も乏しい未開拓の市場であることを見た。
内容
2009年11月にソフトウェアテスト事業部を設け、製造業の工程分析手法をテストに持ち込む。2010年のCAT検定で未経験者の適性を測り、研修と合わせ3カ月から半年で現場に出せる人材供給の仕組みを整えた。
含意
標準化した人材供給が収益を支え、地方センターやオフショアと組み合わさって急成長と2014年の上場につながった。のちの連続M&Aで買収先の利益率を引き上げるPMIの土台にもなった。
筆者の見解

規模より、どんな仕組みで人を供給するか

この判断の性格は、危機に追われた転換ではなく、順調な創業事業をみずから畳んで未開拓の領域へ移った点にある。丹下氏が賭けたのは、ソフトウェアテストという工程そのものより、製造業で当たり前だった標準化を品質保証の世界へ移せるという読みであったとみることができる。テストを属人的な職人技のままにせず、検定と研修で誰でも一定の水準に届く標準の能力へ組み替えたことが、大量採用と短期の戦力化を同時に成り立たせたといえる。

この標準化は、テスト事業の外へも効いていった。買収した企業へ同じ人材育成と工程管理を移し、営業とコストの両面から利益率を引き上げるPMIの手法として、2016年以降の連続M&Aで差別化の要素になった。創業事業を捨てて選んだ、人を標準化して供給するという一手が、テスト専業の急成長にとどまらず、その後の買収を通じた拡大の下地にもなったとみられる。何を売るかより、どんな仕組みで人を供給するか——SHIFTはその問いに早い段階で答えを出した会社とみることができる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

製造業コンサルとして出発した創業4年

2005年9月、丹下大氏は東京都渋谷区に資本金700万円でSHIFTを設立した。当時31歳の丹下氏は、製造業向けコンサルティングのインクス(現SOLIZE)で5年を過ごし、3人のチームを売上50億円・140名規模の事業へ育てた実務を携えて独立した。創業から3年余りの主力は前職と同じ製造業の生産プロセス改善で、ソフトウェアテストとは縁のない領域であった。工程を分析して無駄を洗い出し、標準化して品質と生産性を高める製造業の作法が、丹下氏の唯一の手札であった[1][2]

転機は2007年である。前職での実績を頼りに営業をかけていた丹下氏のもとへ、ある大手IT企業から、ソフトウェアのテスト業務を外注しているがコストがかさんで困っているという相談が持ち込まれた。丹下氏は製造業の工程分析の手法をテストの見積もりに当てはめ、言い値で過剰に張り付いていたエンジニアの数を精査した。その結果、その企業がテスト外注に払っていた費用を、一年で7億円から1億円へと圧縮した。ソフトウェアの品質保証という畑違いの領域に、製造業の作法がそのまま効くという手応えであった[3][4]

付随作業として軽んじられた未開拓のテスト市場

この一件は、ソフトウェアの品質保証に大きな空白があることを丹下氏に気づかせた。当時のソフトウェア開発では、テスト工程は開発の付随作業として軽く扱われ、付加価値の低い下流の工程とみなされていた。専業の担い手も乏しく、発注側は見積もりの妥当性を判断する物差しを持たないまま、言い値で人手を受け入れていた。品質を保証する工程が構造として軽んじられているほど、外部から仕組みを持ち込む余地は大きいと丹下氏はみた[5]

市場の規模も、見立てを後押しした。国内のIT市場16兆円のうち、ソフトウェアテストの市場はおよそ5.5兆円を占めると目された一方、そのうち外部へ委託されているのは1%ほどにとどまっていた。裏を返せば、ほとんどのテストが各社の内部で属人的にこなされ、専業に開かれていなかった。丹下氏は、この5.5兆円が未開拓のまま残された広大な市場であり、製造業で磨いた標準化を持ち込めば独占的に耕せる余地があると読んだ[6]

決断

創業事業を入れ替える決断

2009年11月、丹下氏は社内にソフトウェアテスト事業部を設け、創業以来の製造業コンサルからテスト専業へと事業の柱を入れ替えた。順調に回っていた本業をあえて畳み、実績のない領域へ主力を移す選択であった。丹下氏は、製造業で当たり前だった、工程ごとに必要な能力を明文化し検定や認定で人を仕組み化する発想を、そのままソフトウェアテストに移そうとした。属人的だった品質保証の作業を、誰が担っても一定の水準を保てる標準の工程へ組み替える試みであった[7]

丹下氏が事業モデルの中心に据えたのは、本当にテストに必要なスキルをもったエンジニアを、必要な時に必要な人数だけ、オンデマンドで供給するという考え方であった。テストの需要は案件ごとに増減が激しく、求められる技能も一様ではない。必要な技能の人材を必要な数だけ即座に用意できれば、発注側は自前で抱える負担から解かれる。SHIFTを個々のシステムを作る会社ではなく、テスト人材を供給する労働のインフラとして立てる構想であった[8]

人材を標準化するCAT検定と地方・海外の供給網

構想を支えたのが、2010年11月にリリースした独自の「CAT検定」である。ソフトウェアテストの適性と能力を測るこの検定によって、未経験者でも研修と組み合わせて3カ月から半年で現場に送り出せる道筋を敷いた。素質を見きわめ、標準化した研修で底上げし、検定で水準を確かめる。この一連の仕組みが、テスト技能を属人的な職人技から、大量に採用して短期間で戦力化できる標準の能力へ変えた。人手の量産を可能にする評価の土台であった[9][10]

人材を供給する網も同時に敷いた。2010年9月に札幌、2011年12月に福岡へテストセンターを開き、首都圏より採用しやすい地方でエンジニアを確保するニアショアの体制を整えた。2012年9月にはシンガポールにSHIFT GLOBAL PTE. LTD. を設け、初の海外拠点とした。のちにベトナムのオフショア拠点も加わり、CAT検定で標準化した人材を、地方と海外の供給網から必要な数だけ送り出す構えを整えた[11]

結果

収益化の遅れを越えた自走成長と上場

業態を変えてすぐに数字がついてきたわけではない。2013年8月期の連結売上高は13億円、経常損益は78百万円の赤字で、専業への転換直後はなお収益化の手前にあった。それでも標準化した人材供給が回り始めると成長は加速し、2014年11月、SHIFTは創業から9年で東京証券取引所マザーズ市場に上場した。上場時の2014年8月期の連結売上高は21.5億円、経常利益は1.2億円、連結従業員は約200名であった。テストという地味な工程を、資本市場が評価する事業へ育てた到達点であった[12][13]

上場後の伸びは、買収ではなく本業の力によるものであった。2015年8月期に32.8億円だった連結売上高は、2018年8月期には127.9億円へと3年で約4倍に広がり、連結従業員は2015年8月期の233名から2020年8月期の2,958名へ5年で12.7倍に増えた。CAT検定と地方・海外の供給網を回し、標準化した人材を需要の増加に合わせて供給できたことが、この自走の成長を支えた。テスト専業という一本の選択が、規模の拡大を生み続けた[14][15]

出典・参考