久光製薬の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

赤字の翌年に就任した創業家の社長が、34年かけて会社を一剤型へ絞った。1980年、大衆薬市場の成熟でサロンパスに依存する収益構造は赤字決算に行き着く。翌1981年5月、中冨博隆氏が44歳で代表取締役社長に就任し、総合路線をやめ、薬効成分を皮膚から吸収させる経皮吸収型製剤へ経営資源を集中した。1988年発売の医療用モーラス、1995年発売のモーラステープが採算のよい医療用の収益源となり、看板の大衆薬と主力事業はこの時期に別物になった。2000年2月には更年期障害治療剤エストラーナを発売し、消炎鎮痛にとどまらない全身作用型へ適応を広げている。2005年4月にはエスエス製薬の医療用医薬品事業を吸収分割で譲り受け、貼付剤に偏っていた医療用の品ぞろえとMRの陣容を一度に厚くした。

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