久光製薬 の歴代社長

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創業
1847年に久光仁平氏が肥前国田代(現在の佐賀県鳥栖市)で売薬の小松屋を開いたのが始まりで、1903年12月に久光兄弟合名会社が設立された際、初代社長には中冨三郎氏が就いた。以後の経営は中冨家が担い、サロンパスを銭湯で広めた中冨正義氏を経て、創業家出身の社長が2015年就任の中冨一榮氏まで途切れていない。
登用
直近20年に社長を務めたのは中冨博隆氏と中冨一榮氏の2人で、どちらも中冨家に生まれ、新卒で入社してから社長に就いた。入社から就任までは前者が15年、後者が16年である。名簿にある両代の職歴に他社を経た形跡は無く、上位株主の福岡銀行や佐賀銀行から迎えた代も確認できない。
任期
1980年の赤字決算の翌年に44歳で就いた中冨博隆氏の34年が突出して長い。貼付剤への集中で1985年以降の増収増益増配を積み上げた実績が、この長期政権を支えたと思われる。後任の中冨一榮氏も2015年から11年目に入り、直近の2代だけで45年を占めた。
含意
創業から180年、トップは久光家から中冨家へ渡ったきり社外へ出ていない。2026年1月に中冨一榮氏の資産管理会社である大洋興産がMBOを決議し、2月20日に公開買付けが成立して株式市場から離れた。信託銀行や地元の福岡銀行・佐賀銀行が並んだ株主名簿は消え、同族が資本と経営の双方を握る形に戻った。
歴代社長1962年上場1970198019902000201020202026年

中冨博隆

1981〜2015年※・約34年/生え抜き

1966年入社1975年取締役約34年在任代表取締役社長就任

中冨一榮

2015〜2026年※・約11年/生え抜き

1999年入社2007年執行役員約11年在任代表取締役社長就任(現任)

1962〜1980年は在任者を資料で追えず、帯を空けている(有価証券報告書の遡れる範囲の外)。

※ 退任年を資料で確認できていない代。期間は次の代が就任した年(最終代は上場廃止年)までで、実際の在任はこれより短いことがある。

中冨一榮

退任時期推定
2015年5月 代表取締役社長就任
就任前の売上 1,568億円
退任時の売上 1,560億円

中冨一榮氏の経歴詳細を見る

中冨博隆

なかとみ ひろたか

退任時期推定
1981年5月 代表取締役社長就任
就任前の売上 111億円
退任時の売上 1,568億円

中冨博隆氏の経歴詳細を見る

※ 退任年を資料で確認できていない代。期間は次の代が就任した年(最終代は上場廃止年)までで、実際の在任はこれより短いことがある。

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