久光製薬の歴代社長

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1962年上場1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

中冨博隆退任

1981年社長就任

1966年入社1975年取締役代表取締役社長就任

中冨一榮退任

2015年社長就任

1999年入社2007年執行役員代表取締役社長就任
創業社長の関係
創業

1847年に久光仁平氏が肥前国田代(現在の佐賀県鳥栖市)で売薬の小松屋を開いたのが始まりで、1903年12月に久光兄弟合名会社が設立された際、初代社長には中冨三郎氏が就いた。以後の経営は中冨家が担い、サロンパスを銭湯で広めた中冨正義氏を経て、創業家出身の社長が2015年就任の中冨一榮氏まで途切れていない。

社長登用の傾向
登用

直近20年に社長を務めたのは中冨博隆氏と中冨一榮氏の2人で、どちらも中冨家に生まれ、新卒で入社してから社長に就いた。入社から就任までは前者が15年、後者が16年である。名簿にある両代の職歴に他社を経た形跡は無く、上位株主の福岡銀行や佐賀銀行から迎えた代も確認できない。

社長任期の傾向
任期

1980年の赤字決算の翌年に44歳で就いた中冨博隆氏の34年が突出して長い。貼付剤への集中で1985年以降の増収増益増配を積み上げた実績が、この長期政権を支えたと思われる。後任の中冨一榮氏も2015年から11年目に入り、直近の2代だけで45年を占めた。

いまの体制への含意
含意

創業から180年、トップは久光家から中冨家へ渡ったきり社外へ出ていない。2026年1月に中冨一榮氏の資産管理会社である大洋興産がMBOを決議し、2月20日に公開買付けが成立して株式市場から離れた。信託銀行や地元の福岡銀行・佐賀銀行が並んだ株主名簿は消え、同族が資本と経営の双方を握る形に戻った。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
中冨博隆(1981年就任)1981〜2015年1981年就任34年退任生え抜き代表取締役社長決断1981年サロンパス軸へ資源集中2005年エスエス製薬の事業承継2009年米ノーベンの完全子会社化
中冨一榮(2015年就任)2015〜2026年2015年就任11年退任生え抜き代表取締役社長

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