シマノ の歴史

創業

1921年

創業者

島野庄三郎

創業地

大阪府堺市

直近売上高(2025/12)

4,662億円

長期業績と転換点(1996/12〜2025/12)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1922年に、最も難度の高いフリーホイールから事業を始めたのか
A 自転車が盛んな堺では誰もが作れる部品で安く競うより、難しい部品で品質に勝るほうが模倣されにくく値崩れもしにくい。フリーホイールはペダルを止めても後輪が空転する基幹部品で、当時はベルギーやドイツの輸入品が主流を占め、内製は難しく品質改善の余地が大きかった。島野庄三郎氏は1921年に堺で機械修繕の島野鉄工所を起こし、翌1922年にこの一点へ絞って国産代替の品質を磨いた。1960年に冷間鍛造を内製化し、後にデュラエースを世界供給する精度生産の基盤を自前で築いた
Q なぜ1965年に島野喜三氏は米国へ渡り、3年の予定を27年まで延ばしたのか
A 世界市場へ出るには、自転車文化の中心である米国で業界全体と専門店の動きをつかみ、自ら需要を作る必要があった。国内市場が伸び悩むなか、4代目島野喜三氏は1965年に米国現地法人の社長として渡米し、当初3年の予定を27年に延ばして全米6,000店余りの専門店を自ら回り、整備とクレーム処理まで担った。子ども向け変速レバーなどで需要を掘り起こしたこの現地密着が、本社が1973年に変速機やブレーキを束ねた最上位コンポーネント「DURA-ACE」を出し、個別部品の供給者から自転車駆動系の規格を決める側へ移る土台となった
Q なぜ自転車部品の海外売上が97%に達しても、最上位品を堺・下関に固定し続けるのか
A 最高級の精度と仕上げは、同じ場所に量産と研究開発を置いて作り込むほど守りやすく、容三氏は宝飾品に並べても見劣りしない品質を製造に課した。自転車部品の売上の97%が海外に出た今も、最上位コンポーネントの量産と研究開発を堺・下関の国内2拠点に集約する分業を変えていない。一方で経営の形は改め、2025年3月に社外取締役を5名へ増やして取締役会の半数を独立社外とし、2024年には人権方針を定めて国内外のサプライヤーへ第三者監査を入れた。製造は堺に固定し、統治だけを外部へ開いている。

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1921年〜 堺の鉄工所から日本最大のフリーホイールメーカーへ──創業から戦中復興

  1. 1921年 翌年に自転車部品のフリーホイール製造を開始
  2. 1921年 島野庄三郎氏が島野鉄工所を創立
  3. 1936年 現在地の工場を新設移転
  4. 1940年 化、社名を島野鉄工所に変更
  5. 1951年 島野自転車を吸収合併しに増資、社名を島野工業に変更
  6. 1960年 冷間鍛造を開始
  7. 1965年 ニューヨークにShimano American Corporationを設立

12坪・月5円・旋盤1台──26歳の島野庄三郎氏が始めたフリーホイール一点突破

1921年2月、当時26歳の島野庄三郎氏が大阪府堺市東湊町のセルロイド工場跡地12坪を月5円で借り、懇意にしていた佐野鉄工所から借りた六尺旋盤1台を元手に島野鉄工所を創立した。創業時の事業は機械の修繕屋であったが、創業翌年の1922年には自転車部品の中で最も技術難度が高いフリーホイールの生産に着手した。堺は当時から自転車産業が盛んな地域であったが、特にフリーホイールの内製は難しく品質改善の余地が多くあった。庄三郎氏は創業時点でこの一点突破を決めていた。 [1][2][3][4]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1921年(大正10年)2月 島野庄三郎が大阪府堺市東湊町に島野鉄工所を創立
    • [4]創業翌年の1922年にフリーホイール生産に着手
  • シマノ公式100周年サイト(創業者の歴史)
    • [2]創業者は島野庄三郎、創業時26歳
    • [3]創業地は東湊町のセルロイド工場跡地12坪を月5円で借用、佐野鉄工所から借りた六尺旋盤1台が元手

フリーホイールはペダルを止めても後輪が空転する自転車の基幹部品で、当時はベルギーやドイツからの輸入品が市場の主流を占めていた。庄三郎氏は職人気質の修繕屋の評判をテコに、輸入品の代替となる国産フリーホイールの品質を磨いた。1936年6月には現在地の堺市堺区老松町に工場を新設移転し、量産体制を整備した。1939年時点でシマノは工作機械200台、雇用人員200名を数える日本最大のフリーホイールメーカーへと成長し、創業18年で国内市場の主導地位を得た。 [5][6]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [5]1936年6月 現在地の堺市堺区老松町に工場を新設移転
  • シマノ公式100周年サイト(創業者の歴史)
    • [6]1939年時点で工作機械200台・雇用人員200名を擁する日本最大のフリーホイールメーカーに到達
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [1]1921年(大正10年)2月 島野庄三郎が大阪府堺市東湊町に島野鉄工所を創立
    • [4]創業翌年の1922年にフリーホイール生産に着手
    • [5]1936年6月 現在地の堺市堺区老松町に工場を新設移転
  • シマノ公式100周年サイト(創業者の歴史)
    • [2]創業者は島野庄三郎、創業時26歳
    • [3]創業地は東湊町のセルロイド工場跡地12坪を月5円で借用、佐野鉄工所から借りた六尺旋盤1台が元手
    • [6]1939年時点で工作機械200台・雇用人員200名を擁する日本最大のフリーホイールメーカーに到達

1940年株式会社化と戦中の鋼材統制──資本金150万円体制の起点

1940年1月、資本金150万円で株式会社化し社名を株式会社島野鉄工所に変更した。戦時統制下の鋼材配給の制約を受けつつも、自転車部品事業を中核に据えた経営の輪郭が固まった時期である。第二次世界大戦中は軍需向け部品製造へ切り替えたが、戦後の自転車需要回復に備えた製造技術の蓄積は途切れなかった。 [7][8]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [7]1940年1月 資本金150万円で株式会社化、社名を株式会社島野鉄工所に変更
    • [8]株式会社化時の資本金は150万円

1951年2月には島野自転車を吸収合併し、資本金3,200万円に増資、社名を島野工業に変更した。完成車事業との統合は、部品メーカーから完成車組み立てまでを内包する垂直統合体制への移行を意味した。当時の日本の自転車市場は実用車中心で、戦後復興期の通勤・通学需要が急拡大していた局面である。島野工業はこの内需拡大に乗り、フリーホイールから変速機・ブレーキ等のドライブトレイン全般へと製品領域を広げた。 [9][10]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [9]1951年2月 島野自転車を吸収合併、資本金3,200万円に増資、社名を島野工業に変更
    • [10]合併後の資本金は3,200万円
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [7]1940年1月 資本金150万円で株式会社化、社名を株式会社島野鉄工所に変更
    • [8]株式会社化時の資本金は150万円
    • [9]1951年2月 島野自転車を吸収合併、資本金3,200万円に増資、社名を島野工業に変更
    • [10]合併後の資本金は3,200万円

1960年冷間鍛造の内製化──基幹技術の自前化

1960年6月、シマノは冷間鍛造を開始した。冷間鍛造は金属を常温で加圧成形する技術で、切削加工に比べて材料歩留まりが高く、強度と寸法精度を両立できる。自転車部品は走行中の繰り返し荷重にさらされるため、軽量化と耐久性の両立が要件となるが、冷間鍛造の内製化はこの要件を満たす基幹技術の自前化であった。シマノが後にデュラエース等の高精度コンポーネントを世界供給できた背景には、この1960年の技術選択がある。 [11]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [11]1960年6月 冷間鍛造を開始(基幹技術の内製化)

冷間鍛造の内製化は、創業者・島野庄三郎氏の「日本一品質の高いものをつくりたい」という創業時からの志を、技術面で体現する選択でもあった。職人技に頼った量産体制から、機械化された精度生産への移行を意味し、後の世界市場展開の前提となる製造基盤が固まった。1958年に庄三郎氏は社長を退任し、長男の島野尚三氏(2代目)が社長に就任、戦中・戦後の混乱期を経た経営承継が完了している。 [12]

  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [12]1958年 庄三郎が社長を退任し長男の島野尚三(2代目)が社長に就任
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [11]1960年6月 冷間鍛造を開始(基幹技術の内製化)
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [12]1958年 庄三郎が社長を退任し長男の島野尚三(2代目)が社長に就任

1965年〜 米国進出から世界の自転車部品メーカーへ──シマノ確立期

シマノの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1965年 ニューヨークにShimano American Corporationを設立
  2. 1970年 釣用リールの製造を開始
  3. 1971年 島野足立を設立し釣用竿の製造を開始
  4. 1972年 ドイツ・デュッセルドルフにShimano(Europa)GmbHを設立
  5. 1972年 大阪証券取引所市場第二部に上場
  6. 1973年 子会社を設立
  7. 1978年 円高下で値引きを拒む「プロの商法」——高付加価値部品と海外直販で輸出採算を守る 円高に値引きで応じるか、値段だけの価値ある商品で通すか——輸出比率6割の部品メーカーが選んだ道

1965年ニューヨーク現地法人──「日本がだめなら海外で」の喜三氏の決意

1965年3月、シマノは米国ニューヨークに現地法人Shimano American Corporationを設立した。国内市場の伸び悩みに直面した3代目島野敬三氏(庄三郎氏次男、後の3代目社長)と4代目島野喜三氏(庄三郎氏三男、後の4代目社長)の決断で、喜三氏自らが社長として渡米した。当初の予定は3年程度であったが結果として27年間に延び、全米6,000店余りの自転車専門店を自ら訪問してアフターケアとクレーム処理を担い、現地の自転車文化に深く食い込む販売体制を築いた。 [13][14][15]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [13]1965年3月 米国ニューヨークに現地法人Shimano American Corporationを設立
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [14]島野敬三は庄三郎次男(後の3代目社長)、島野喜三は庄三郎三男(後の4代目社長)
  • ビジネス・ブレークスルー大学大学院(2020年7月)/J-CAST会社ウォッチ(2020年7月29日)
    • [15]喜三氏は当初3年予定が結果27年に延び、全米6,000店余りの自転車専門店を訪問(二次資料)

喜三氏は当時を振り返って自身の好む立地で好む製品を作り嫌なら買わなければいいという強気の姿勢で米国市場に挑んだと語っており、現場では一切妥協せず、創業の精神である「和して、厳しく」が社内に浸透していたことで社員一同に諦めや妥協がなかったと振り返っている。創業者・庄三郎氏の品質第一主義と、喜三氏の現場主義が組み合わさることで、輸入代替品ではなく一次サプライヤーとしての地位を米国で得た。

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [13]1965年3月 米国ニューヨークに現地法人Shimano American Corporationを設立
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [14]島野敬三は庄三郎次男(後の3代目社長)、島野喜三は庄三郎三男(後の4代目社長)
  • ビジネス・ブレークスルー大学大学院(2020年7月)/J-CAST会社ウォッチ(2020年7月29日)
    • [15]喜三氏は当初3年予定が結果27年に延び、全米6,000店余りの自転車専門店を訪問(二次資料)

1970年釣具参入と1973年デュラエース──第二の柱と高級コンポーネントの誕生

1970年2月、シマノは釣用リールの製造を開始した。自転車部品で培った冷間鍛造と精密加工の技術を、釣具の駆動部に転用する事業多角化の起点であった。翌1971年1月には島野足立を設立し釣用竿の製造も開始、リール+ロッドの両輪で釣具事業を立ち上げた。シマノにとって釣具は自転車部品に並ぶ第二の事業の柱となり、後にステラ等の世界ブランドへと発展する基盤が置かれた。 [16][17]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [16]1970年2月 釣用リールの製造を開始(釣具事業の起点)
    • [17]1971年1月 島野足立を設立し釣用竿の製造を開始

1972年8月には西ドイツ・デュッセルドルフに現地法人Shimano(Europa)GmbHを設立し、欧州市場進出の起点とした。同年11月には大阪証券取引所市場第二部に上場、翌1973年5月には東京証券取引所市場第二部に上場、同時にシンガポールにも現地法人を設立した。さらに同年10月、大証・東証ともに市場第一部へ昇格、創業から半世紀でグローバル展開の資金基盤を確保する資本市場への完全アクセスを獲得した。 [18][19][20][21]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [18]1972年8月 西ドイツ・デュッセルドルフに現地法人Shimano(Europa)GmbHを設立
    • [19]1972年11月 大阪証券取引所市場第二部に上場
    • [20]1973年5月 東京証券取引所市場第二部に上場、同時にシンガポールに現地法人を設立
    • [21]1973年10月 大証・東証ともに市場第一部へ昇格

1973年は製品史でも転換点となった。シマノ初のアルミ合金素材ジュラルミンを採用したロードバイク用最上位コンポーネント「DURA-ACE」(デュラエース)を発表し、変速機・ブレーキ・ハブ・チェーンホイール等を統合する「コンポーネント」という製品概念を業界に提示した。それまで個別部品の組み合わせであった自転車駆動系を、シマノが規格設計したセットとして供給することで、自転車組立メーカーは設計工数を圧縮でき、エンドユーザーは互換性と整備容易性を得た。このコンポーネント発想が、シマノを単なる部品メーカーから自転車駆動系の規格策定者へと押し上げた起点である。 [22]

  • シマノ公式 製品の歴史(DURA-ACE)
    • [22]1973年 シマノ初のロードバイク用最上位コンポーネント「DURA-ACE」(デュラエース)を発表
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [16]1970年2月 釣用リールの製造を開始(釣具事業の起点)
    • [17]1971年1月 島野足立を設立し釣用竿の製造を開始
    • [18]1972年8月 西ドイツ・デュッセルドルフに現地法人Shimano(Europa)GmbHを設立
    • [19]1972年11月 大阪証券取引所市場第二部に上場
    • [20]1973年5月 東京証券取引所市場第二部に上場、同時にシンガポールに現地法人を設立
    • [21]1973年10月 大証・東証ともに市場第一部へ昇格
  • シマノ公式 製品の歴史(DURA-ACE)
    • [22]1973年 シマノ初のロードバイク用最上位コンポーネント「DURA-ACE」(デュラエース)を発表

MTB標準供給と「シマノ」改称──地場部品屋から世界ブランドへ

1970年代後半、4代目喜三氏が率いる米国販売会社の現場では、カリフォルニアの若者たちが既存のロードバイクを改造して野山を走るマウンテンバイクの動きが現れていた。喜三氏は「自転車を野山で乗り回しても壊れない」という現地のニーズを部品供給に転換する判断を下し、1982年にマウンテンバイク専用コンポーネント「DEORE XT」を発売した。1980年代にMTBは米国西海岸から欧州へ普及し、自転車市場の主力商品の一角となる。シマノは初期段階から専用部品で参入したため、ブームが世界へ広がる過程でMTB部品の標準供給メーカーとなり、ロードバイクのデュラエースとあわせて二大製品ラインで世界シェアを高めた。 [23]

  • シマノ公式 製品の歴史
    • [23]1982年 マウンテンバイク専用コンポーネント「DEORE XT」を発売

製造と販売のグローバル化も並行した。1989年2月にオランダへUltegra Nederland B.V.、1990年1月にマレーシアへShimano Components (Malaysia)を設立して東南アジア生産拠点を構え、1992年10月には中国江蘇省昆山市にShimano(Kunshan)Bicycle Componentsを設立して現地一貫生産体制を確立した。後の中国華北拠点(2003年Shimano(Tianjin)Bicycle Components)とあわせ、中国は世界向けの生産拠点となった。販売網の各極と生産拠点の分散が、デュラエース・DEORE系を世界供給する物流基盤を支えた。 [24][25][26][27]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [24]1989年2月 オランダにUltegra Nederland B.V.を設立
    • [25]1990年1月 マレーシアにShimano Components(Malaysia)を設立
    • [26]1992年10月 中国江蘇省昆山市にShimano(Kunshan)Bicycle Componentsを設立
    • [27]2003年(4月)中国華北にShimano(Tianjin)Bicycle Componentsを設立

1991年3月、社名を島野工業から株式会社シマノへ変更した。創業者の名字「島野」をカタカナ表記の「シマノ」へ切り替えることで、堺の地場部品メーカーから世界市場でブランド認知される自転車部品企業への再定義を済ませた。同年、4代目喜三氏は米国滞在を切り上げて本社経営に復帰し、翌1992年に3代目敬三氏が社長を島野尚三氏(2代目)から正式に承継した。1995年10月には喜三氏が社長に就任、同年シマノ臨海・島野山口・シマノ釣具販売・エヌエフテーの再編で釣具事業の販社統合を終えた。 [28][29][30][31]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [28]1991年3月 社名を島野工業から株式会社シマノへ変更
    • [31]1995年10月 シマノ臨海が島野山口・シマノ釣具販売・エヌエフテーを吸収合併(釣具事業の販社統合)
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [29]3代目敬三が社長を尚三(2代目)から承継したのは1992年(尚三1958-1992/敬三1992-1995)
    • [30]1995年(10月)喜三が社長に就任
  • シマノ公式 製品の歴史
    • [23]1982年 マウンテンバイク専用コンポーネント「DEORE XT」を発売
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [24]1989年2月 オランダにUltegra Nederland B.V.を設立
    • [25]1990年1月 マレーシアにShimano Components(Malaysia)を設立
    • [26]1992年10月 中国江蘇省昆山市にShimano(Kunshan)Bicycle Componentsを設立
    • [27]2003年(4月)中国華北にShimano(Tianjin)Bicycle Componentsを設立
    • [28]1991年3月 社名を島野工業から株式会社シマノへ変更
    • [31]1995年10月 シマノ臨海が島野山口・シマノ釣具販売・エヌエフテーを吸収合併(釣具事業の販社統合)
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [29]3代目敬三が社長を尚三(2代目)から承継したのは1992年(尚三1958-1992/敬三1992-1995)
    • [30]1995年(10月)喜三が社長に就任

1995年〜 容三社長20年とBeyond Digital──グローバル王者の確立と100年企業へ

シマノの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1995年 シマノ臨海が島野山口・シマノ釣具販売・エヌエフテーを吸収合併
  2. 1997年 Shimano Europe Holding B.V.を設立
  3. 2003年 Shimano(Tianjin)Bicycle Componentsを設立
  4. 2008年 Shimano Europe Bike Holdingを設立
  5. 2009年 シマノ臨海をシマノセールスに商号変更
  6. 2014年 本社新工場が竣工
  7. 2016年 本社臨海ロジスティクスセンターが竣工

1998年英語社内公用語化──「真のチームシマノ」の制度化

1998年、4代目喜三氏は「真のチームシマノ」を目指して英語を社内公用語に定めた。当時の日本企業で英語公用語化を実施した例は少なく、シマノは海外売上比率の高さに合わせて社内コミュニケーションのグローバル化を制度として先行させた。喜三氏の米国27年の経験と、中国・東南アジア・欧州の現地法人網が組み合わさることで、シマノは多国籍企業として運営される実体を備えるに至った。同年、製品史ではマウンテンバイクのコンポーネント「XTR」が世界トップシェアを確立し、ロードバイクのDURA-ACEとMTBのXTRがプロ用最上位コンポーネントの両輪となった。 [32]

  • ビジネス・ブレークスルー大学大学院(2020年7月)
    • [32]1998年 英語を社内公用語に定めた

1997年11月、Ultegra NederlandとShimano(Europa)GmbHを現物出資してShimano Europe Holding B.V.を設立、欧州事業の統括会社体制を整備した。米国・欧州・東南アジア・中国の4極に統括会社を配置するQuadrumvirate型のグローバル統治体制が、骨格として固まった。 [33]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [33]1997年11月 Ultegra NederlandとShimano(Europa)GmbHを現物出資しShimano Europe Holding B.V.を設立(欧州統括会社)
  • ビジネス・ブレークスルー大学大学院(2020年7月)
    • [32]1998年 英語を社内公用語に定めた
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [33]1997年11月 Ultegra NederlandとShimano(Europa)GmbHを現物出資しShimano Europe Holding B.V.を設立(欧州統括会社)

2001年容三社長就任──尚三氏の長男による世代交代と「ローカルでありながらグローバル」

2001年3月、5代目島野容三氏(2代目尚三氏の長男、1948年11月12日生まれ、慶應義塾大学商学部1971年卒)が社長に就任した。容三氏は1974年島野工業(現シマノ)入社後、本社工場の一工員2年半を起点に、下関工場長・本社営業管理部長・本社営業企画部長を歴任、1986年取締役、1995年専務を経ての社長就任で、生え抜き内部昇進の典型例である。前任の喜三氏は会長に転じ、長兄敬三氏・次兄喜三氏・尚三氏長男容三氏という同族内承継のもう一つの軸足が定まった。 [34][35]

  • シマノ 有価証券報告書【沿革】【役員の状況】
    • [34]2001年3月 5代目島野容三(尚三長男)が社長に就任、1948年11月12日生まれ
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [35]容三は慶應義塾大学商学部1971年卒業、1974年シマノ入社、本社工場の一工員2年半を起点に下関工場長・本社営業管理部長・本社営業企画部長を歴任、1986年取締役・1995年専務を経て2001年社長就任(生え抜き内部昇進)

容三氏の社長就任後、シマノは自転車部品の海外売上比率を一段と引き上げ、2019年時点で海外売上比率約9割、自転車部品では売上の97%が海外という構造に到達した。容三氏自身は発祥の地である堺から本社を動かさない姿勢を維持し、自転車部品の海外顧客比率が97%に達した状況でも特段の不便は感じていないと述べ、堺の本社所在地から動かないローカルかつグローバルの経営姿勢を維持した。美しい製品は美しい工場からしか生まれないという製造哲学を経営の中心に据え、本社と工場が道路一つを隔てて隣接する堺の地理的一体性を強みとして語り続けた。 [36]

  • ビジネス・ブレークスルー大学大学院(2020年7月)/日経ビジネス(2020年12月16日)
    • [36]2019年時点で海外売上比率約9割、自転車部品では売上の約97%が海外(二次資料)
  • シマノ 有価証券報告書【沿革】【役員の状況】
    • [34]2001年3月 5代目島野容三(尚三長男)が社長に就任、1948年11月12日生まれ
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [35]容三は慶應義塾大学商学部1971年卒業、1974年シマノ入社、本社工場の一工員2年半を起点に下関工場長・本社営業管理部長・本社営業企画部長を歴任、1986年取締役・1995年専務を経て2001年社長就任(生え抜き内部昇進)
  • ビジネス・ブレークスルー大学大学院(2020年7月)/日経ビジネス(2020年12月16日)
    • [36]2019年時点で海外売上比率約9割、自転車部品では売上の約97%が海外(二次資料)

最上位品は堺・下関、統括は地域法人へ──容三社長期の生産と組織の集約

容三社長の在任中には、グローバル需要の伸びを受けた国内生産能力の拡張投資が連続した。2014年12月に堺の本社新工場が完成し、2016年8月には本社臨海ロジスティクスセンター、同年11月には下関新工場が稼働した。下関工場は1966年設置の主力生産拠点で、容三氏自身も若手時代に下関工場長を務めた縁の深い拠点である。新下関工場の稼働で世界向け自転車部品の中核機能を堺・下関の2拠点へ集約し、2020年2月には本社研究開発棟が完成してR&D機能の集約も終えた。海外生産拠点を維持しつつ、ロード・MTB用最上位コンポーネント(DURA-ACE、XTR)は国内2拠点で量産する設計を守った。 [37][38][39][40]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [37]2014年12月 本社新工場完成
    • [38]2016年8月 本社臨海ロジスティクスセンター完成
    • [39]2016年11月 下関新工場完成
    • [40]2020年2月 本社研究開発棟完成

国内2拠点集約は、容三氏が掲げた「美しい製品は美しい工場からしか生まれない」という製造哲学の物理的な表現でもあった。堺の本社・工場が道路一本を隔てて近接する立地に下関の主力工場が連動し、本社・工場・研究開発が近距離に並ぶ配置が、デュラエース以来の規格策定者としての品質基準を担保した。マレーシア・中国・シンガポールの海外生産で量産を担い、最上位品の量産と研究開発を国内に置く分業が、容三社長期の生産体制の骨格となった。

組織面では地域統括法人への集約が進んだ。2017年1月にShimano Europe Bike Holdingが欧州子会社を吸収合併してShimano Europe B.V.へ改組し、2018年1月にはShimano Europe Holdingが欧州各社を吸収合併して同社へ統合、欧州事業を単一法人体制とした。2017年8月にはShimano American CorporationをShimano North America Holdingへ改称し北米統括ホールディング化も実施した。事業面ではFY15に自転車部品売上3,140億円・営業利益798億円、釣具売上642億円・営業利益54億円で自転車部品が売上の8割・営業利益の9割超を占め、FY19には自転車部品売上2,900億円・営業利益578億円、釣具売上728億円・営業利益102億円へ推移し、20年代に向けた二事業構造が定着した。 [41][42][43]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [41]2017年1月 Shimano Europe Bike Holdingが欧州子会社を吸収合併しShimano Europe B.V.に改組
    • [42]2018年1月 Shimano Europe Holdingが欧州各社を吸収合併しShimano Europe B.V.に統合(欧州単一法人体制)
    • [43]2017年8月 Shimano American CorporationをShimano North America Holdingへ改称(北米統括HD化)
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [37]2014年12月 本社新工場完成
    • [38]2016年8月 本社臨海ロジスティクスセンター完成
    • [39]2016年11月 下関新工場完成
    • [40]2020年2月 本社研究開発棟完成
    • [41]2017年1月 Shimano Europe Bike Holdingが欧州子会社を吸収合併しShimano Europe B.V.に改組
    • [42]2018年1月 Shimano Europe Holdingが欧州各社を吸収合併しShimano Europe B.V.に統合(欧州単一法人体制)
    • [43]2017年8月 Shimano American CorporationをShimano North America Holdingへ改称(北米統括HD化)

2021年〜 コロナ特需と流通在庫調整──100年企業の次の100年へ(2021〜現在)

シマノの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2022年 プライム市場に移行
  2. 2025年 本社新社屋竣工

2021年3月100周年と泰三社長就任──同族第六世代承継

2021年3月、シマノは創業100周年を迎えた。同月、5代目容三氏は20年の在任期間を経て社長を退き、代表取締役会長兼CEOに転じた。後継は6代目島野泰三氏(3代目敬三氏の長男・容三氏の従弟、1966年12月17日生まれ、甲南大学法学部1990年卒)で、1991年シマノ入社、米国の大学への留学やドイツの自転車小売店勤務を経ての入社経歴を持ち、海外工場・自転車部品事業を経験した後に2010年釣具事業部長、2016年常務、2019年専務、2021年3月社長就任の経路をたどった。同族第六世代への承継が、創業100年の節目で完了した形である。 [44][45][46]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [44]2021年3月 創業100周年
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [45]2021年3月 容三が20年の在任を経て社長を退き代表取締役会長兼CEOへ転任、6代目島野泰三(敬三長男・容三の従弟)が社長に就任
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】/ニュースイッチ(2021年2月10日)
    • [46]泰三は1966年12月17日生まれ、甲南大学法学部1990年卒、1991年シマノ入社、2010年釣具事業部長・2016年常務・2019年専務・2021年3月社長就任

100周年に合わせ、シマノはコーポレートブランドロゴを刷新した。新ロゴは緑(陸)・青(空)・濃紺(海)の三色を直線で表現するトリコロールで、シマノの事業領域(自転車・釣具・アウトドア)と世界観を象徴する。創業から100年、堺の鉄工所のフリーホイール一点から始まった事業が、地球規模のアウトドア環境を舞台とするブランドへと到達したことを視覚化した。同時期、容三氏は「Beyond Digital」をスローガンに、デジタル技術を駆使した製造の革新と業務効率化を次の100年の経営方針として掲げた。

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [44]2021年3月 創業100周年
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [45]2021年3月 容三が20年の在任を経て社長を退き代表取締役会長兼CEOへ転任、6代目島野泰三(敬三長男・容三の従弟)が社長に就任
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】/ニュースイッチ(2021年2月10日)
    • [46]泰三は1966年12月17日生まれ、甲南大学法学部1990年卒、1991年シマノ入社、2010年釣具事業部長・2016年常務・2019年専務・2021年3月社長就任

FY22ピーク6,288億円から反動の谷へ──コロナ需要の一巡

2020年からのコロナ禍は、自転車市場に予想を上回る需要拡大をもたらした。通勤・通学手段としての自転車選択、屋外レジャーのサイクリング需要、密を避けるアウトドア志向の高まりが世界同時に発生し、シマノの業績は急上昇した。連結売上高は2019年12月期3,632億円から2020年12月期3,780億円、2021年12月期5,464億円、2022年12月期6,288億円と3期で73%増となり過去最高を更新した。営業利益も同期間で約2.5倍の1,692億円(2022年12月期)まで増え、自転車部品事業の営業利益率は28.0%(2022年12月期)に達した。2022年12月期には自転車部品売上5,174億円・営業利益1,449億円、釣具売上1,109億円・営業利益241億円と両事業ともピークを記録した。

しかしコロナ特需は永続せず、2023年以降は反動が顕在化した。世界の自転車流通段階で積み上がった在庫の調整が始まり、シマノへの新規部品発注が縮小した。連結売上高は2022年12月期6,288億円から2023年12月期4,744億円、2024年12月期4,510億円へ2年で28%減と後退し、営業利益は2022年12月期1,692億円から2024年12月期651億円へ62%減となった。自転車部品事業の営業利益は2022年12月期1,449億円から2024年12月期541億円へ63%減と、コロナ前の2019年12月期(578億円)と同水準へ戻った計算である。

FY25(2025年12月期)も売上4,663億円・営業利益518億円と低水準が続き、流通在庫の調整は3年目に入った。反動の谷の深さは、コンポーネントメーカーがエンドユーザーまでの長い流通段階を抱える構造に起因しており、世界の自転車専門店・組立メーカーの在庫消化が終わるまでは新規部品発注が抑えられる。釣具事業は2020年以降の屋外レジャー需要を取り込み、FY15の642億円からFY22の1,109億円へ7期で1.7倍に拡大したが、売上の8割を占める自転車部品の振れ幅が連結業績を左右する二事業構造の特性が、コロナ需要の一巡を通して表面化した。

2024〜2025年人権方針とガバナンス強化──ESG運用段階への移行

直近期の経営課題は、流通在庫調整への対応に加え、ESG運用基盤の整備へ広がっている。2024年、シマノは国連ビジネスと人権に関する指導原則に沿ったShimano Group Human Rights Policyを策定、国内・海外サプライヤーからVendor Code of Conduct遵守に関する書面同意を取得する制度を整えた。2025年からは日本国内サプライヤーと東南アジアの海外子会社で、独立第三者機関による内部監査を開始、サプライチェーン人権配慮を運用段階へ移行させた。 [47][48]

  • シマノ公式 ESG Sheet(FY24)
    • [47]2024年 国連ビジネスと人権に関する指導原則に沿ったShimano Group Human Rights Policyを策定、サプライヤーからVendor Code of Conduct遵守の書面同意を取得する制度を整備
  • シマノ公式 ESG Sheet(FY25)
    • [48]2025年から日本国内サプライヤーと東南アジア海外子会社で独立第三者機関による内部監査を開始

2025年3月の第118回定時株主総会では、女性社外取締役を選任し、社外取締役を計5名(取締役会の半数)とした。取締役会の独立性確保とジェンダー多様性の両面で、上場企業として求められる水準のガバナンス体制に到達している。2025年12月には堺の本社新社屋が竣工、本社機能の整備を完了した。2022年4月の東京証券取引所市場区分見直しに伴うプライム市場移行を経て、2026年現在のシマノは、自転車部品グローバルシェア1位(スポーツ自転車部品で世界シェア85%超)の事業基盤を持つ国際的製造企業として、次の100年への準備段階にある。 [49][50][51][52]

  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [49]2025年3月 第118回定時株主総会で女性社外取締役を選任、社外取締役を計5名(取締役会の半数)に
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [50]2025年12月 堺の本社新社屋が竣工
    • [51]2022年4月 東証の市場区分見直しでプライム市場へ移行
    • [52]スポーツ自転車部品で世界シェア85%超・自転車部品グローバルシェア1位(二次資料)

創業者・島野庄三郎氏が堺の12坪の借家で始めたフリーホイール一点突破の事業は、100年を経て自転車部品・釣具を2本柱とする売上4,663億円・連結従業員約12,000名のグローバル製造企業へと変化した。創業家島野家の6代承継、堺の地理的一体性、製造技術の自前化、そして100年単位での海外展開──シマノが体現するのは、ローカルな製造主義をグローバル市場で貫いて勝つという日本製造業の一つの完成形である。コロナ特需の山を超えた反動の谷の中で、6代目泰三氏が「Beyond Digital」を継承しつつ次の100年の経営基盤を再構築しているのが、2026年現在の同社の姿である。 [53][54]

  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)
    • [53]売上4,663億円(FY25。財務CSVでは4,662億円=±1億の丸め差)、連結従業員約12,000名
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [54]創業者は島野庄三郎、創業家島野家による6代承継、6代目泰三が「Beyond Digital」を継承
  • シマノ公式 ESG Sheet(FY24)
    • [47]2024年 国連ビジネスと人権に関する指導原則に沿ったShimano Group Human Rights Policyを策定、サプライヤーからVendor Code of Conduct遵守の書面同意を取得する制度を整備
  • シマノ公式 ESG Sheet(FY25)
    • [48]2025年から日本国内サプライヤーと東南アジア海外子会社で独立第三者機関による内部監査を開始
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
    • [49]2025年3月 第118回定時株主総会で女性社外取締役を選任、社外取締役を計5名(取締役会の半数)に
    • [54]創業者は島野庄三郎、創業家島野家による6代承継、6代目泰三が「Beyond Digital」を継承
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
    • [50]2025年12月 堺の本社新社屋が竣工
    • [51]2022年4月 東証の市場区分見直しでプライム市場へ移行
    • [52]スポーツ自転車部品で世界シェア85%超・自転車部品グローバルシェア1位(二次資料)
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)
    • [53]売上4,663億円(FY25。財務CSVでは4,662億円=±1億の丸め差)、連結従業員約12,000名

シマノの沿革1921〜2025年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
島野庄三郎氏が島野鉄工所を創立
翌年に自転車部品のフリーホイール製造を開始★★
現在地の工場を新設移転
化、社名を島野鉄工所に変更
島野自転車を吸収合併しに増資、社名を島野工業に変更
冷間鍛造を開始★★
ニューヨークにShimano American Corporationを設立★★
釣用リールの製造を開始★★
島野足立を設立し釣用竿の製造を開始
ドイツ・デュッセルドルフにShimano(Europa)GmbHを設立
大阪証券取引所市場第二部に上場
子会社を設立
円高下で値引きを拒む「プロの商法」——高付加価値部品と海外直販で輸出採算を守る円高に値引きで応じるか、値段だけの価値ある商品で通すか——輸出比率6割の部品メーカーが選んだ道 詳細を読む★★★
Ultegra Nederland B.V.を設立
Shimano Components(Malaysia)を設立
社名をシマノに変更
Shimano(Kunshan)Bicycle Componentsを設立
島野喜三シマノ臨海が島野山口・シマノ釣具販売・エヌエフテーを吸収合併
島野喜三Shimano Europe Holding B.V.を設立
島野容三Shimano(Tianjin)Bicycle Componentsを設立
島野容三Shimano Europe Bike Holdingを設立
島野容三シマノ臨海をシマノセールスに商号変更
島野容三本社新工場が竣工
島野容三本社臨海ロジスティクスセンターが竣工
島野容三下関新工場が竣工
島野容三Shimano Europe Bike Holdingが欧州子会社を吸収合併しShimano Europe B.V.に改組
島野容三Shimano Europe Holdingが欧州各社を吸収合併しShimano Europe B.V.に統合
島野泰三本社研究開発棟完成
島野泰三プライム市場に移行
島野泰三本社新社屋竣工
出典・参考
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)【沿革】
  • シマノ公式100周年サイト(創業者の歴史)
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】
  • ビジネス・ブレークスルー大学大学院(2020年7月)/J-CAST会社ウォッチ(2020年7月29日)
  • シマノ公式 製品の歴史(DURA-ACE)
  • シマノ公式 製品の歴史
  • ビジネス・ブレークスルー大学大学院(2020年7月)
  • シマノ 有価証券報告書【沿革】【役員の状況】
  • ビジネス・ブレークスルー大学大学院(2020年7月)/日経ビジネス(2020年12月16日)
  • シマノ 有価証券報告書【役員の状況】/ニュースイッチ(2021年2月10日)
  • シマノ公式 ESG Sheet(FY24)
  • シマノ公式 ESG Sheet(FY25)
  • 東洋経済オンライン(2017年3月12日)
  • シマノ 有価証券報告書 第120期(2025年12月期)

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