久光製薬米ノーベン・ファーマシューティカルズの株式公開買付けによる完全子会社化

米国に医療用の足場を自前で作るか買うか——約430百万ドルで時間を買った選択

時期 2009年7月
意思決定者(推定) 中冨博隆 社長
論点 米国における医療用医薬品事業の体制構築
概要
2009年7月14日、久光製薬は米フロリダ州の医薬品会社ノーベン・ファーマシューティカルズを株式公開買付けにより完全子会社化すると発表した。買付価格は1株16.50ドル、既に取得していた4.8%を含めた買収総額は約430百万ドル(約400億円)で、同年8月に買収を完了した。
背景
国内ではモーラスシリーズで高いシェアを築いた一方、海外売上高比率は5%、米国の売上は約20億円にとどまっていた。米国での開発・製造・販売の体制整備が急務とされ、自社で一から作る時間・コスト・リスクを避ける道として買収が選ばれた。
内容
ノーベン社は1987年設立、2008年度の売上高108.2百万ドル・純利益21.4百万ドルのNASDAQ上場企業。DOT Matrix技術による経皮吸収パッチを持ち、世界初のADHD治療用パッチ「Daytrana」やホルモンパッチ「Vivelle-Dot」、ノバルティスとの合弁ノボジンの持分49%を擁していた。買付価格は過去1カ月平均株価13.28ドルに24.2%のプレミアムを乗せた水準であった。
含意
買収の年度にあたる2010年2月期は、のれん償却費や仕掛研究開発費の計上で純利益が前期比4%減の184億円となった。買収で得た米国の開発・販売網からは、2019年10月に米国初の経皮吸収型統合失調症治療剤「SECUADO」が承認され、2020年3月にノーベン社が販売を開始している。
筆者の見解

作れなかった二十二年を買う

1987年4月に米国へ販売子会社を置いてから、この買収まで二十二年が経っていた。その間に一般用のサロンパスペインリリーフパッチは2008年に米FDAの承認を取っているが、医師に処方される薬を米国で開発し、承認を取り、売る組織は育たなかった。2009年7月14日に示された1株16.50ドル、既取得分を含めて約430百万ドルという値札が付いたのは、薬でも工場でもない。同じ1987年に設立されたノーベン・ファーマシューティカルズが、従業員610名で回していた組織そのものであったとみることができる。

もっとも、値札で縮められたのは組織までであった。買収の効き目として久光製薬が挙げたのは、既に利益を出している自立可能な企業を買うことによる短期間の投資回収である。その利益を作っていたのは、DaytranaやVivelle-Dotというノーベン社自身の製品であった。買った日から利益が出る会社であることは、その利益が久光製薬の技術と無関係に回っているということでもある。金で買えるのは他人が作り終えた組織であって、これから作る製品ではない。二十二年ぶんの時間を値札で縮めた会社が次に負ったのは、二つの技術を突き合わせて一つの薬にするまでの、もう十年であったとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

国内で強く、海外で小さい

2000年代の久光製薬は、国内の医療用外用鎮痛消炎剤でモーラスシリーズが高いシェアを保ち、2005年にはエスエス製薬の医療用医薬品事業を譲り受けて品ぞろえも広げていた。連結売上高は2009年2月期に1,247億円へ伸びている。ところが海外に目を移すと様相が違い、海外売上高比率は5%、米国での売上高は約20億円にすぎなかった[1][2]

米国に足場が無かったわけではない。1987年4月に販売子会社のヒサミツ アメリカ インコーポレイテッドを設け、2008年には一般用の「サロンパスペインリリーフパッチ」が米FDAの承認を取得している。ただしこれは大衆薬の販売であり、医師に処方される医療用医薬品を米国で開発し、承認を取り、売る組織は持っていなかった。会社の説明でも、米国における開発・製造・販売といった事業体制の整備が急務とされた[3][4]

八年越しの相手

買収の相手は、初対面ではなかった。久光製薬は2001年からノーベン社へ資本参加し、発行済株式の約4.8%を取得して提携関係を深めてきた。ノーベン社は1987年に設立され、米フロリダ州マイアミに本社を置くスペシャリティ・ファーマで、NASDAQに上場していた。2008年度の売上高は108.2百万ドル、純利益は21.4百万ドル、従業員は610名である[5][6]

技術の系統も近かった。ノーベン社はDOT Matrixと呼ぶパッチ技術を持ち、ホルモン治療の経皮吸収パッチで50%を超える市場シェアを握っていた。製品には世界初のADHD治療用パッチ「Daytrana」があり、ノバルティスとの合弁ノボジンの持分49%を通じて「Vivelle-Dot」の販売にも関わっている。皮膚から薬を通すという一点で、久光製薬と同じ土俵に立つ会社であった[7]

決断

24.2%のプレミアムを払う

2009年7月14日、久光製薬はノーベン社との合意を発表した。買付価格は1株16.50ドルで、過去1カ月平均の株価13.28ドルに対して24.2%のプレミアムにあたる。既に取得していた4.8%を含めた買収総額は約430百万ドル、日本円で約400億円となった。手続きは米国での公開買付けで、合意の日から10営業日以内に開始し、開始後20営業日で終了する日程が組まれた[8][9]

買収の効き目として同社が挙げた項目には、事業インフラ構築の時間とコストを回避する、という一行が入っていた。米国に自社で事業体制を作る時間・コスト・リスクを避け、既に利益を出している自立可能な企業を買うことで短期間の投資回収を実現する、という組み立てである。1987年の販売子会社設立から二十二年、自前でそろえてこなかった医療用の機能を、まとめて外から調達する選択であった[10]

二つの技術を突き合わせる

買収後の絵として示されたのは、久光製薬(日本)、久光アメリカ(カリフォルニア)、ノーベン(フロリダ)の三拠点で製品を開発する体制であった。久光アメリカが一般用のサロンパス等を扱い、ノーベン社が医療用医薬品の米国拠点と事業開発の拠点を兼ねる。両社のTDDS技術を活用した開発で、疼痛領域のHKT-500、中枢神経領域のDaytrana拡販、婦人科領域のMesafem上市を進める計画が並べられた[11]

中冨博隆社長は、この買収を両社の技術を突き合わせる機会と説明した。「両社が持つTDDS技術の相乗効果を最大限に活用し、真のグローバル企業として世界に打って出たい[12]」と述べ、品質面での日本の優位性と米国の挑戦精神が組み合わさることに期待を示している。1999年から掲げてきた「貼る文化」を世界へ広めるという構想の、資本を伴う実行にあたった[13]

結果

買った年の減益と、十年後の製品

買収は2009年8月に完了し、有価証券報告書の沿革にも同月付で全発行済株式の取得と完全子会社化が記された。一方、初年度の損益には負担が出た。2010年2月期の連結売上高は買収分の取り込みなどで4%増の1,298億円となったが、のれん償却費や仕掛研究開発費として約14億円を計上した結果、純利益は前期比4%減の184億円にとどまっている[14][15]

買収した会社から製品が出るまでには、さらに十年を要した。2019年10月11日、米FDAは経皮吸収型の統合失調症治療剤「SECUADO」を承認する。久光製薬のTDDS技術で開発した全身性の経皮吸収型製剤で、米国の統合失調症治療における初の経皮吸収型製剤となった。翌2020年3月2日、米国子会社であるノーベン社が販売を開始している[16][17]

貼り薬が届いた先

SECUADOが向かった相手は、消炎鎮痛の患者ではなかった。統合失調症では飲み薬の服薬管理が難しく、1日1回の貼り替えで薬効を届ける製剤には、血中濃度を安定させるとともに患者の服薬状況を視覚的に確認できるという利点がある。同社はこれをアドヒアランス改善という満たされていない需要への回答と位置づけた。腰や肩に貼っていたものが、精神疾患の治療へ回った[18]

買収後の久光製薬は、アジアと欧州にも現地法人を並べていく。2011年10月に北京、2017年8月に中国、2018年2月に香港、2019年2月にイタリア、2020年3月にマレーシアへ子会社を設けた。米国で医療用、アジアで一般用という二重の広げ方であり、ノーベン社の取得はその一方を担った[19]

出典・参考

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