スクウェア・エニックス・ホールディングス英Eidosの完全子会社化と、13年後のEmbracerへの売却

約120億円で買った欧米の開発拠点群を、なぜ13年後に3億米ドルで手放したのか

時期 2009年2月
意思決定者(推定) 和田洋一 社長
論点 海外開発拠点の保有と資本配分
概要
2009年4月、スクウェア・エニックス・ホールディングスは英国のゲーム会社Eidos plcの全株式を約8,430万ポンド(約121億円)で取得し、完全子会社とした経営判断。『トゥームレイダー』『ヒットマン』『デウスエクス』といった自社IPと、米国・カナダ・デンマークの開発スタジオ群を一度に取り込んだ。
背景
2008年の国内ゲーム市場は4年ぶりに縮小し、任天堂を除く各社のシェアは下がっていた。和田洋一社長は成長余地を海外に見ていたが、開発の外注だけでは踏み込みが足りないと考えていた。Eidosは3年前に時価総額3,000億円をつけた企業で、金融危機による株価修正が買収の条件を変えた。
内容
2009年2月12日に1株32ペンス・総額8,430万ポンドでの買収提案を公表し、4月22日に取得を完了した。過半数ではなく全株を握る「100%保有戦略」を海外にも適用し、スクウェア・エニックス欧州と統合したうえで、旧EidosのCEOに欧米事業の指揮を任せた。
含意
欧米向け大型タイトルの不振は2013年3月期の最終赤字137億円として表面化し、和田社長は退任した。2017年にIO Interactiveが経営陣による買収で独立し、2022年にはCrystal Dynamics・Eidos Interactive等と関連IPが3億米ドルでEmbracer Group ABへ渡った。
筆者の見解

二つの値札のあいだにあったもの

約120億円で買い、約390億円で売った取引を、値札だけ並べれば悪くない売買にみえる。ただし、その差額には13年分の運転費用が入っていない。欧米の大型タイトルは1本あたりの開発費も期間も日本の倍以上を要し、完全子会社である以上、当たらなかった年の損も本社の連結損益に直接載る。2013年3月期の最終赤字137億円と2017年のIO Interactive撤退に伴う48億9,800万円の減損は、その仕組みが生んだ数字であった。和田社長が語った「戦略の自由度」は、少数株主に相談せずに動ける代わりに、失敗の全額を自社で持つという条件と一体であった。

2009年の取材で和田社長は、任天堂の山内溥前社長がファミコンを世に出したのは50代半ばだったと述べ、当時50歳の自分について勝負はこれからだと語っていた。その勝負は4年後の退任で幕が下り、海外拠点の整理を終えたのは後任の松田洋祐社長で、さらに9年を要している。2009年の8,430万ポンドと2022年の300百万米ドルという二つの値札のあいだに、137億円の最終赤字と48億9,800万円の減損損失が挟まっている。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

縮む国内市場と、小さすぎる海外シェア

2000年代後半のスクウェア・エニックスは、『ドラゴンクエスト』と『ファイナルファンタジー』という2本の看板を国内市場で回す会社であった。ところが2008年の国内ゲーム市場は4年ぶりに縮小し、任天堂の一人勝ちのなかでソフト会社各社のシェアは相対的に下がっていた。和田洋一社長はこの停滞について、ハードメーカー側ではなくソフトを作る側の工夫が足りなかったと語っている。持株会社体制へ移行した2008年10月の直後にあたる2009年3月期の連結売上高は1,357億円、営業利益は123億円で、前期の1,475億円・215億円から落ちていた[1][2]

和田社長が描いていたのは、ゲーム業界がほかの娯楽・メディア産業と混ざり合い、いずれ世界の数社に集約されるという業界像であった。日本企業は第1次産品でも製造業でも流通でもメジャーになれておらず、自社は第3次産業で世界の一角に残りうる数少ない候補だと本人は語っている。海外の開発会社への発注は2008年から始めていたものの、それだけでは踏み込みが足りないという自己評価があった。当時50歳の和田社長は、任天堂の山内溥前社長がファミコンを世に出したのが50代半ばであったことを引き合いに、勝負はこれからだと述べている[3][4]

3,000億円が120億円になったEidos

買収の相手となったEidos plcは、英国の独立系パブリッシャーである。『トゥームレイダー』『ヒットマン』『デウスエクス』といったタイトルを持ち、傘下には米国のCrystal Dynamics、デンマークのIO Interactive、カナダのEidos Montrealなどの開発スタジオを抱えていた。和田社長が評価したのは、これらのタイトルがすべて自社IPである点にあった。権利処理の障害がない自社IPを土台にコンテンツを多面展開するというスクウェア・エニックスの基本戦略と重なるため、組み合わせの効果が見込めると判断していた[5][6]

一方で、Eidosは以前から買える会社ではなかった。和田社長によれば、3年前の時価総額は3,000億円で株価が高すぎ、手を出せる水準になかった。それが金融危機による株式相場の修正で買収時には120億円まで下がり、この機会を逃す手はないという判断につながった。業績そのものは昔から悪く、欧米のゲーム会社は赤字でも株価が平均の2〜3倍の水準にあったと本人は振り返っている。値札を動かしたのは事業の改善ではなく市場の変調であり、しかもEidosの筆頭株主は米タイム・ワーナーで、買収は同社との取り合いになっていた[7][8]

決断

1株32ペンス、総額8,430万ポンドの全株取得

2009年2月12日、スクウェア・エニックス・ホールディングスはEidos plcの買収提案を公表した。条件は1株あたり32ペンス、総額で約8,430万ポンドである。取得は英国の手続に沿って進み、2009年4月22日に完了した。円換算での買い付け総額は約121億円で、国内大手が海外パブリッシャーを丸ごと取得する案件としては小さい部類に入る。前年に時価総額で数千億円規模とされていた会社が、1年余りで100億円台の値札に変わっていた[9][10]

この取得で採られたのが、過半数の出資にとどめず全株を握る「100%保有戦略」である。少数株主との権利調整を抱えずに、IPとスタジオの運営を本社の判断で動かせる設計を狙ったもので、国内では2005年9月にタイトーを連結子会社化し、翌2006年3月に完全子会社としたところで先に試されていた。同じ考え方を海外の開発拠点へ適用したのが今回の買収にあたる。買収後はスクウェア・エニックス欧州と合体させ、欧米事業のトップには旧EidosのCEOをそのまま据えた[11][12]

「グローバル展開の骨格」と、その運転費用

和田社長は買収の4か月後、この一件で「グローバル展開の骨格ができた」と述べている。肉付けはこれからとしながらも、スピード感と戦略の自由度が相当高まったという自己評価であった。実際、2010年3月期の連結売上高は1,922億円へ伸び、営業利益282億円、当期純利益95億円を計上している。日本発のIPだけで組まれていた事業構成に、欧米のクリエイターが欧米市場向けにつくる第2の開発軸が加わった[13][14]

ただし、この骨格には日々の運転費用がついていた。欧米のコンソールタイトルは開発期間も開発費も日本の倍以上を要し、スタジオの維持費はグループの固定費を恒常的に押し上げた。買収前であれば海外IPのライセンス収入を取りに行く程度の関与で済んだところ、全株を保有する以上は赤字のスタジオまで本社が抱える。上振れも下振れも自社の連結損益で受け止める仕組みへ移った点が、100%保有という選択の実質であった[15]

結果

2013年3月期の赤字と和田社長の退任

最初の請求書は買収から3年半で届いた。2012年10月30日、同社は2013年3月期の業績予想を下方修正し、売上高を1,650億円から1,500億円へ、経常損益を均衡から62億円の赤字へ引き下げた。欧米中心に投入した『スリーピングドッグス 香港秘密警察』『ヒットマン アブソリューション』『トゥームレイダー』の販売が計画に届かず、競合の大型タイトルが相次ぐなかで価格政策の面でも苦戦した。Crystal Dynamicsが手がけた『トゥームレイダー』のリブートは2013年3月の発売で全世界850万本を売り上げたが、投じた開発費を埋める水準には達しなかった[16][17]

2013年3月期の実績は、営業損失60億円、経常損失43億円、親会社株主に帰属する当期純損失137億円であった。海外スタジオののれん減損とコンテンツ制作勘定の評価減が主な原因で、同社は開発方針の変更と組織体制の見直しを併せて実施している。和田社長は業績悪化の責任を取って2013年6月に退任し、専務であった松田洋祐氏が社長に就いた。2003年の合併から10年にわたり指揮を執った経営者が、自らの買収の帳尻とともに退く結果となった[18][19]

IO Interactiveの独立と、3億米ドルでの手仕舞い

買収で手にしたスタジオ群は、そのまま手元に残ったわけではない。2017年5月11日、同社は完全子会社であったIO Interactiveの事業から撤退する方針を公表し、48億9,800万円の減損損失を計上した。出資候補者との交渉が続いた末、同年6月には経営陣による買収が成立し、デンマークのスタジオは独立した会社に戻っている。『Hitman』シリーズのIPも、スクウェア・エニックス側ではなくIO Interactiveが保持する形で決着した。Eidosと一括で買った3つの主要スタジオのうち、1つが8年で離れた[20][21]

残る欧米拠点の整理は2022年に決着する。5月2日、同社はEmbracer Group ABとの株式譲渡契約締結を発表した。売却対象はCRYSTAL DYNAMICS,INC.とEIDOS INTERACTIVE CORP.(傘下にEidos-Montréal・Square Enix Montréal)等で、『TOMB RAIDER』『Deus Ex』『Thief』『Legacy of Kain』の各シリーズも一緒に渡った。譲渡価額は300百万米ドル、日本円でおよそ390億円である。株式譲渡は同年8月27日に完了し、2023年3月期の上期には関係会社株式売却益94億5,500万円が計上された。2009年に掲げられた100%保有戦略は、海外については13年で撤回された[22][23]

出典・参考

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