MIXI の歴史

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創業 1999年
創業者 笠原健治
創業地 東京都
創業
1997年11月、東京大学在学中の笠原健治氏が求人情報サイト『Find Job !』を開設した。紙の求人誌より掲載料を安くできるという見立てからの開設で、1999年6月にはネットエイジのオフィスへ間借りしたまま、出資金300万円で有限会社イー・マーキュリーを設立している。2000年10月に株式会社へ改組し、2004年2月にSNS『mixi』の運営を始めた。2006年2月に社名を株式会社ミクシィへ改め、同年9月に東証マザーズへ上場し、時価総額は2,221億円に達した。もっとも会社予想は売上高48億円・経常利益17億円にすぎず、公募価格ベースでもPERは110倍に達していた。
決断
主力サービスを3度入れ替え、そのつど社名を掛け替えてきた。mixiの広告収入はガラケーからスマートフォンへの移行で消え、2013年4〜6月期には上場以来はじめての営業赤字に転じた。2014年2月、上場以来はじめての公募増資で65億円を調達した。月商1億円に達しないゲームの宣伝へ全額を投じ、2015年3月期の売上高は前期の9倍を超える1,129億円となる。2015年3月にはチケットフリマのフンザを115億円で買収したが、高額転売への批判から2018年5月に閉鎖した。2019年以降は千葉ジェッツふなばしとチャリ・ロトを取得し、2022年10月に社名をMIXIへ改めている。一度きりの外部調達で得た65億円が、以後の入れ替えを自前の現金で賄う原資を生んだ。
現況
利益はなおゲームが生み、伸びているのはスポーツである。2026年3月期の連結売上高は1,713億円、営業利益は222億円であった。セグメント売上はデジタルエンターテインメント839億円、スポーツ658億円、ライフスタイル172億円で、セグメント利益は同じ順に431億円、51億円、9億円となる。デジタルエンターテインメントの売上はピークだった2016年3月期の1,954億円から半分以下へ縮んだ。2025年9月に豪PointsBet Holdingsの議決権66.4%を取得し、海外売上高204億円が初めて開示された。スポーツを1年で1.6倍にした買収の原資は、縮小を続けるモンスターストライクの利益が生んでいる。
競合
携帯からスマートフォンへの移行で失速した3社は、別々の出口を選んだ。ガラケー向けソーシャルゲームで売上高1,000億円を超えたDeNAとグリーに対し、mixiの月間利用者数は2011年の約1,500万人が頂点であった。DeNAは球団と他社の作品を預かるゲームへ、グリーはメタバースと広告へ移り、MIXIは公営競技へ入っている。競輪の車券投票『TIPSTAR』から豪州とカナダのベッティング事業まで、参入に免許が要る領域へ事業を寄せた。作品の当たり外れで利益が動く市場から、免許が競争相手の数を決める市場へ移したことが、同業との違いを作った。
MIXI:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2007年3月期2026年3月期

創業ストーリー 学生起業の求人サイトから国民的SNSへ──イー・マーキュリー創業とmixiの誕生 (1997年〜)

東大在学中の起業と求人サイト「Find Job !」

MIXIの源流は、東京大学在学中の笠原健治氏が1997年11月に立ち上げた求人情報サイトにさかのぼる。アルバイト先の上司が求人情報誌の掲載料の高さをこぼすのを聞き、ネットなら条件検索も掲載変更も容易で、紙のコストがかからない分だけ掲載料も安くできると考えた。ゼミ合宿への参加を取りやめてパソコンを買い込み、サイトの構築法を独学で身につけて開設にこぎつけた。1999年6月には求人情報サイト『Find Job !』運営のため、有限会社イー・マーキュリーを出資金300万円で設立する。本社は、ネットエイジのオフィスに間借りした片隅の机であった。2000年10月に株式会社へ改組し、資本金を1,000万円とした。 [1][2]

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1999年6月に有限会社イー・マーキュリーを出資金300万円で設立した
    • [2]2000年10月に株式会社へ組織変更し資本金1,000万円とした
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1999年6月に有限会社イー・マーキュリーを出資金300万円で設立した
    • [2]2000年10月に株式会社へ組織変更し資本金1,000万円とした

留学生の提案から生まれた国内最大のSNS

2003年夏、新しい『メディア』を巡る社内の議論のなかで、エンジニアのインドネシア人留学生バタラ・ケスマ氏が、留学生仲間ではやっていた米国のSNS『フレンドスター』を紹介した。笠原氏は複数の米国型SNSを試し、現実社会の人間関係がネット上で再現される点に可能性を見いだす一方、人脈づくりが自己目的化した設計ではすぐ飽きがくるとみて、人と人との付き合いそのものに焦点を当てた『居心地のいいサイト』を構想する。約4カ月の開発期間を経て、2004年2月にSNS『mixi』の運営を開始した。 [3]

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [3]2004年2月にSNS「mixi」の運営を開始した

招待制のもとで会員が知人を招く形で広がり、会員数は2005年8月に100万人を超え、2006年3月に300万人、同年9月の上場時には570万人へ膨らんだ。1日に書かれる日記は80万〜90万件に達し、20代前半ではおよそ3人に1人が利用するといわれるほど若年層に浸透して、『日記』『足あと』『コミュニティ』といった機能とともにSNSという言葉自体を日本社会に定着させた。2006年2月には社名をイー・マーキュリーから株式会社ミクシィへ変更し、サービス名と会社名を一体化した。上場は広告事業への追い風となり、優秀な人材の入社にもつながったと笠原氏はのちに振り返っている。 [4]

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [4]2006年2月に株式会社ミクシィへ商号変更した
  • 有価証券報告書【沿革】
    • [3]2004年2月にSNS「mixi」の運営を開始した
    • [4]2006年2月に株式会社ミクシィへ商号変更した

東証マザーズ上場と時価総額2,000億円の熱狂

2006年9月、ミクシィは東京証券取引所マザーズ市場に上場した。公募価格155万円に対し初日は買い気配のまま値がつかず、公開日当日の買い気配値315万円で計算した時価総額は2,221億円に達して、大株主だったサイバーエージェントの時価総額を上回った。2007年3月期の会社予想は売上高約48億円・経常利益17億円にすぎず、PER(株価収益率)は公募価格ベースでも110倍と、業績に対して期待が大きく先行していた。実際の2007年3月期は売上高52億円・経常利益21億円で着地している。 [5]

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [5]2006年9月に東京証券取引所マザーズ市場に上場した

上場直後の2006年8月時点で、月間ページビューはヤフーに次ぐ国内2位につけ、楽天を上回った。会員限定のクローズドなサービスながら、一人当たり利用時間ではヤフーをも上回り、属性の明確なユーザー基盤は広告媒体としても注目を集めた。上場前日に放送されたTBSのドラマが宣伝に公認コミュニティを活用するなど、口コミを生かしたマーケティングの場としても存在感を高めていた。株価の過熱を危ぶむ声に対し、笠原健治社長は『責任の重さを実感している。期待に社員全員で応えていきたい』[引用元]と語り、時価総額2,000億円の重圧とともに公開企業としての歩みを始めた。

  • 有価証券報告書【沿革】
    • [5]2006年9月に東京証券取引所マザーズ市場に上場した

会員1,000万人超、ページビュー国内2位の王者

上場後もmixiの拡大は続き、売上高は2007年3月期の52億円から2011年3月期には169億円へ伸びた。収益の中心は従来型携帯電話(ガラケー)経由の広告収入で、2009年からはゲームなどの『mixiアプリ』を順次導入して課金収入も加わった。月間利用者数は2011年に約1,500万人でピークを迎え、国内SNSの首位にあった。もっとも、かつてライバル視されたDeNAやグリーがガラケー向けソーシャルゲームのブームに乗って売上高1,000億円超へ急成長したのに比べれば、その勢いは見劣りしていた。

その足元で、事業の前提が変わり始めていた。2008年に米国発のフェイスブックとツイッターが相次いで日本に上陸し、同じ年にはiPhoneが国内発売されて、ガラケーからスマートフォンへの移行が始まった。笠原氏はのちに、ユーザーのスマホ移行とそれに適した競合SNSの参入など『4〜5つのことが同時に起きていた』[引用元]と振り返っている。リリースから年月を経たmixiでは、大学時代の友人が就職で疎遠になるなど、サービス内のつながりが実生活の変化から取り残されて固定化し、それ自体が大きな障壁となっていた。

スマホ対応の遅れと幹部離脱、くすぶる身売り観測

2012年5月、NTTドコモから転じて代表権を持つ副社長として笠原健治社長を支えてきた原田明典氏が取締役に退き、ナンバー3だった小泉文明氏も取締役を退任した。同時期には笠原氏保有株式の売却打診が報じられ、会社は直ちに否定したものの、身売り観測がくすぶるほど経営は混迷していた。2013年3月期の売上高は126億円と前期を下回り、従来の収益源だった広告収入の落ち込みに歯止めがかからない。翌2013年4〜6月期には2006年の上場以来初の営業赤字に転落し、主力事業の行き詰まりから退職者も目立って増えた。

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MIXIの沿革1999〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1997〜2006年学生起業の求人サイトから国民的SNSへ──イー・マーキュリー創業とmixiの誕生イー・マーキュリーを設立
イー・マーキュリーへ組織変更
ソーシャル・ネットワーキングサービス「mixi」の運営を開始★★
笠原健治ミクシィに商号変更
笠原健治ミクシィの東証マザーズ上場と時価総額2,221億円での資本市場デビュー

2006年9月14日、SNS『mixi』を運営するミクシィが東京証券取引所マザーズ市場に上場した。公募価格155万円に対し初日は買い気配のまま値がつかず、買い気配値315万円で計算した時価総額は2,221億円に達した。

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★★★
2007〜2012年SNS王者の絶頂と凋落──スマートフォン移行の遅れとFacebookの上陸笠原健治求人広告事業「Find Job !」を分社化
笠原健治ミクシィ・リクルートメントを設立
2013〜2018年モンスターストライクの逆転──公募増資の大勝負とチケットキャンプの蹉跌朝倉祐介スマートデバイス向けゲーム「モンスターストライク」の提供を開始★★
朝倉祐介モンスターストライク1本への資源集中と、65億円の公募増資

2014年2月28日、ミクシィは新株113万株を発行する公募増資を決議し、手取概算63億円を前年10月に配信を始めたスマートフォン向けゲーム『モンスターストライク』の広告宣伝費に充てた。上場した2006年以来はじめての公募増資であった。

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★★★
朝倉祐介モンスターストライクの広告宣伝費へ充当
森田仁基モンスト一本足からの脱却を狙ったフンザ115億円買収と、チケットキャンプ閉鎖

2015年3月、ミクシィはチケットフリマアプリ『チケットキャンプ』を運営するフンザを、自社として過去最高額の115億円で買収した。スマートフォンゲーム『モンスターストライク』に集中した収益構造から抜け出すための第一手であった。

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★★★
2019〜2026年コミュニケーション創出カンパニーへ──スポーツ多角化とMIXIへの商号変更木村弘毅競輪投票サービスのチャリ・ロトを子会社化★★
木村弘毅スフィダンテの全株式を取得・子会社化
木村弘毅千葉ジェッツふなばしを子会社化★★
木村弘毅「netkeiba.com」運営のネットドリーマーズを子会社化
木村弘毅東京証券取引所市場第一部に指定替え
木村弘毅「FC東京」運営の東京フットボールクラブを子会社化
木村弘毅出張撮影サービス「Lovegraph」を運営するラブグラフの株式を取得・子会社化
木村弘毅東京証券取引所プライム市場に移行
木村弘毅MIXIに商号変更
木村弘毅ソーシャル・ネットワーキングサービス「mixi2」の運営を開始★★
木村弘毅MIXIによる豪PointsBet買収と、海外ベッティング事業への本格参入

2025年、MIXIは豪州証券取引所に上場しオーストラリアとカナダでオンラインベッティング事業を営むPointsBet Holdingsを買収した。当初はScheme of Arrangementによる完全子会社化を予定したが、最終的にTakeover Bidへ切り替え、2025年9月に子会社化した。

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★★★
出典・参考
  • MIXI 決算説明会質疑応答(2019年2月7日)
  • MIXI 決算説明会質疑応答(2021年5月7日)
  • MIXI 決算説明会質疑応答(2021年2月5日)
  • MIXI 決算説明会質疑応答(2022年8月5日)
  • MIXI 決算説明会質疑応答(2024年2月9日)
  • MIXI 決算説明会資料(2024年5月10日)
  • MIXI 決算説明会質疑応答(2025年11月14日)
  • MIXI 決算説明会質疑応答(2026年1月30日)
  • MIXI 決算説明会資料(2026年5月15日)
  • 有価証券報告書【沿革】
  • gamebiz(2025年6月3日)
  • MIXI 適時開示

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