MIXIミクシィの東証マザーズ上場と時価総額2,221億円での資本市場デビュー

売上高50億円に満たない会社に2,000億円の値がついたとき、経営は何を引き受けたのか

時期 2006年9月
意思決定者(推定) 笠原健治 社長
論点 資本政策と成長期待
概要
2006年9月14日、SNS「mixi」を運営するミクシィが東京証券取引所マザーズ市場に上場した。公募価格155万円に対し初日は買い気配のまま値がつかず、買い気配値315万円で計算した時価総額は2,221億円に達した。
背景
求人情報サイト「Find Job !」の集客コストに悩んだ笠原健治氏が「メディアを持ちたい」と構想し、2004年2月に始めたmixiが招待制のまま会員を急増させ、上場時には570万人を数えるサービスに育っていた。
内容
会社予想の売上高は約48億円、経常利益17億円にすぎず、公募価格ベースでもPERは110倍に達した。株式の63%を保有する笠原社長の持ち分の評価額は約1,000億円となり、大株主サイバーエージェントの時価総額を上回る値がついた。
含意
上場後の2008年3月期には売上高101億円・経常利益38億円まで伸び、期待をいったんは業績で追い越した。もっとも会員数の伸びに依存した広告収入という構造は、スマートフォンへの移行とともに数年後に崩れることになる。
筆者の見解

値付けが先に走った会社が引き受けたもの

この上場が特異なのは、調達した金額の大きさよりも、会社の実力と市場の値付けの距離にあったとみることができる。売上高50億円に満たない会社に2,000億円を超える評価がつき、創業者の持ち分だけで1,000億円に達した。笠原社長が語った「責任の重さを実感している」という言葉は、その距離を本人がもっとも近くで見ていたことを示している。会員の利用時間の濃さという、当時の会計上の売上高にはまだ現れていない資産を市場が先に評価した点に、SNSという業態の性格がうかがえる。

そして、先に評価された資産は、利用者の端末が変わればそのまま持ち越せるとは限らなかった。招待制と日記を軸にした関係の濃さは、スマートフォンと実名型SNSが広がるなかで別の形へ移り、広告収入の前提も入れ替わる。上場の局所的な成否よりも、この会社がその後たどった道筋——ゲーム、スポーツ、そして海外ベッティングへと主力を入れ替えていく経緯——のほうが、2006年に市場が値付けしたものの正体を映しているといえる。高い評価を得た会社が、その評価の根拠を自ら作り直し続けられるか。この上場は、その問いの入口にあたる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

求人サイトから「メディア」への構想

上場に至る道筋は、一人の学生が抱いた不満から始まっている。東京大学の学生だった笠原健治氏は、アルバイト先の上司が求人情報誌への掲載料の高さをこぼすのを聞き、自身も雑誌を見て応募すると締め切り済みと告げられる経験を重ねていた。ネットであれば条件検索も掲載の変更も容易で、紙と流通のコストがかからない分だけ掲載料を下げられる。1997年、笠原氏はゼミ合宿への参加を取りやめてパソコンを買い込み、サイトの構築法を独学で身につけて、同年11月初旬に求人情報の掲載サイトを開設した[1]

1999年6月、笠原氏は求人情報サイト「Find Job !」の運営会社として有限会社イー・マーキュリーを設立する。オフィスは、ビットバレー構想を唱えたネットエイジのフロアに間借りした机であった。この求人事業をもう一段伸ばそうと、笠原氏は資本金と同程度の額を毎月ヤフーへの広告出稿に投じる。認知を得るための費用の重さを痛感した笠原氏は、社外取締役を務めることになる西川潔氏に「メディアを持ちたい」と語った。人々の日常的なアクセスを集める自前のサイトがあれば、求人事業の宣伝にも広告収入にもつながる。この構想が、のちのmixiにつながった[2][3]

招待制のまま膨らんだ会員基盤

2003年夏、20人足らずの社員の半数が毎週集まって「メディア」の中身を議論していた。案を出したのはエンジニアのインドネシア人留学生バタラ・ケスマ氏で、留学生仲間で米国のSNSがはやっているという話であった。笠原氏は複数のSNSを試し、現実社会の人間関係がネット上に再現される点に可能性を見た一方、人脈づくりが自己目的化した米国型の設計では飽きが早いと考えた。行き着いた構想は、公開範囲を会員自身が細かく決められる「居心地のいいサイト」であり、約4カ月の開発を経て2004年2月にmixiの運営が始まった[4][5]

会員は既存会員の招待がなければ登録できない仕組みのまま増えた。2005年8月に100万人を超えてから増加の速度が上がり、2006年3月に300万人、同年8月には500万人を突破する。会員の7割が72時間以内に一度はアクセスしているとされ、女性比率が50.5%と高い点も、当時のネットサービスとしては特徴的であった。日記、コミュニティ、足あとといった機能が広く使われ、社名も2006年2月にイー・マーキュリーからミクシィへ改めて、サービス名と会社名を一致させた。上場時の会員数は570万人に達している[6][7]

決断

買い気配のまま値がつかなかった初日

2006年9月14日、ミクシィは東京証券取引所マザーズ市場に株式を上場した。公募価格155万円に対し、初日は買い注文が集まったまま値がつかない。公募価格で計算した時価総額は約1,100億円であったが、公開日当日の買い気配値315万円で計算し直すと2,221億円となり、大株主であったサイバーエージェントの時価総額1,050億円を倍以上引き離した。同社の藤田晋社長は「投資しているから言うわけではないがミクシィにはそれだけの価値がある。時価総額を抜かれるのは悔しいけど」と複雑な表情を見せた。翌15日についた初値は、公開価格の1.9倍であった[8][9]

値付けの水準は、当時の業績とかけ離れていた。2007年3月期の会社予想は売上高約48億円、経常利益17億円、純利益約10億円にすぎず、公募価格で計算してもPER(株価収益率)は110倍に達する。株式の63%を保有する笠原社長の持ち分は評価額で約1,000億円となったが、本人は「実感? 別にないです。すぐに換金できるものではないですし。おカネのためにやってきたわけではないので」と述べている。同じ時期に初値が高騰したネット企業がその後株価を下げた例も並んでおり、過熱を危ぶむ声は上場直後から出ていた[10][11]

市場が値付けしたのは媒体としての濃さ

期待の中身は、会員数そのものよりも利用の濃さにあった。ネットレイティングスの集計では、2006年8月の家庭からの月間ページビューはヤフーの211億超に次ぐ28億超で、3位の楽天の24億超を上回る。会員限定の閉じたサービスであるため利用者数はヤフーや楽天より一桁少ないものの、一人当たりの利用時間や閲覧ページ数ではヤフーをも上回っていた。属性のはっきりした会員が長時間滞在する場は、広告媒体として希少であった[12]

広告収入の伸びも急であった。2006年3月期の通年のメディア売上高は6.4億円であったのに対し、2007年3月期は最初の3カ月だけで5.5億円を計上している。上場前日の9月13日夜に放送されたTBSのドラマ『カクレカラクリ』は、宣伝に公認コミュニティを立ち上げて事前情報を流し、関心を持った会員が友人へ情報を広めることを狙った。口コミを促す販促は使い方を誤れば会員の反発を招くが、自発的な参加を前提とするコミュニティはその摩擦が小さい。ヤフー、グーグルに続く媒体になるという広告代理店側の見立ても、この時期に語られていた[13][14]

結果

期待をいったんは追い越した業績と、その後の反転

上場後の2期は、市場の期待に業績が追いついた。2007年3月期は会社予想を上回る売上高52億円・経常利益21億円・純利益11億円で着地し、2008年3月期には売上高101億円・経常利益38億円・純利益20億円へ伸びる。会員数の増加が広告単価と出稿量の双方を押し上げ、2011年3月期の売上高は169億円に達した。上場は資金の調達にとどまらない効果も残しており、笠原氏はのちに、上場が広告事業への追い風となり、優秀な人材の入社にもつながったと振り返っている。株価の過熱を心配された会社は、少なくとも数年は数字で応えた[15][16]

もっとも、上場時に値付けされた前提そのものは長くはもたなかった。会員数の伸びに支えられた従来型携帯電話向けの広告収入は、スマートフォンへの移行とともに崩れ、月間利用者数は2011年の約1,500万人をピークに減少へ転じる。財務担当の荻野泰弘取締役はのちに、ガラケー時代に潤沢だった広告収入がスマホへの急激な移行でほぼゼロになったと述べており、2013年4〜6月期には上場以来初の営業赤字に落ちた。2,221億円という値付けが織り込んでいた成長は、5年ほどで前提を失った[17]

出典・参考
  • 週刊東洋経済 2006年8月26日号「会員数はなんと500万人を突破!「ミクシィ」を使ってマーケティングの天才になる」
  • 週刊東洋経済 2006年9月23日号「株価過熱のミクシィ 高すぎる期待の重圧」
  • 週刊東洋経済 2007年2月3日号「[KeyPerson]ミクシィ社長 笠原健治」
  • 週刊東洋経済 2016年4月30日号「脱一本足経営を急ぐ ミクシィの焦燥」
  • 週刊東洋経済 2026年3月7日号「21世紀の証言 MIXI取締役ファウンダー 笠原健治」
  • ミクシィ 有価証券報告書【沿革】
  • ミクシィ 有価証券報告書(2008年3月期)

免責事項およびポリシー