SUMCO三菱住友シリコンからSUMCOへの商号統一と東証一部への上場

親会社2社の増資と欠損てん補に支えられてきた会社が、統合から3年余で自ら資本市場へ出たのはなぜか

時期 2005年8月
意思決定者(推定) 細田直之 社長
論点 統合後の資本構造と成長投資の調達
概要
住友金属工業と三菱マテリアルのシリコンウェーハ事業を1社に集めた三菱住友シリコンは、2005年8月に商号を株式会社SUMCOへ改め、同年11月16日に公募増資601億9,200万円を実施したうえで東京証券取引所市場第一部へ上場した。2002年2月の事業統合から3年9カ月であった。
背景
統合直後の同社は2004年1月期に364億円の当期純損失を計上し、親会社2社の第三者割当増資・株主割当増資と2度の欠損てん補で資本を継ぎ足していた。一方の住友金属工業は連結有利子負債の圧縮を優先して自らの設備投資を絞り込んでおり、300mmウェーハの追加投資を親会社の出資で賄う道は細くなっていた。
内容
2004年10月に優先株式400株を普通株式へ強制転換して資本を普通株式一本に揃え、2005年5月に1株を1,500株へ分割して流通単位を作った。8月に商号をSUMCOへ変更し、11月に1株3,300円で1,920万株を公募して601億9,200万円を調達、その資金で短期・長期借入金を返済した。
含意
上場後も住友金属工業と三菱マテリアルが29.95%ずつを保有する構図は変わらず、市場に出たのは発行済株式の16%であった。得たのは支配からの独立ではなく投資判断を速く実行するための調達力で、その力は2006年のコマツ電子金属買収と拡大投資を支えた一方、2010年1月期の巨額損失の振れ幅も用意した。
筆者の見解

社名から2社の名を降ろすということ

これを統合の仕上げのブランド刷新と読むと、要点を外す。2005年の手続きが向かった先は、親会社2社の懐から切り離された資金の通り道であった。住友金属工業は有利子負債の圧縮を優先して自社の投資を年300億円台に絞り、三菱住友シリコンには増資と欠損てん補で資本を継ぎ足していた。その関係のまま月産38万枚の先へ進む道は細く、公募601億円で借入を返した時点で、投資の原資は市場から取るものへ替わったとみることができる。

もっとも、これを自立と呼ぶには、上場後の株主構成が動かない。住友金属工業と三菱マテリアルは29.95%ずつを持ち続け、市場に出たのは16%であった。得たのは支配からの独立ではなく、投資を速く実行するための調達力であった。その力は2006年のコマツ電子金属買収と設備投資1,750億円を支えた一方、2010年1月期の営業損失865億円という振れ幅も用意している。速く動ける資本を持つことは、速く傷つく資本を抱えることでもあるといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

三系列を1社に集めた統合と、その後の損失

SUMCOの前身は、1999年7月に住友金属工業と三菱マテリアル、子会社の三菱マテリアルシリコンが折半出資で設立したシリコンユナイテッドマニュファクチュアリングであった。300mmウェーハの開発と製造を目的とする会社である。2002年2月には住友金属工業からシリコン事業の営業を譲り受け、同時に三菱マテリアルシリコンと合併して、商号を三菱住友シリコンへ改めた。住友系と三菱系のウェーハ事業がここで1社に集まった[1][2]

集めた事業はすぐには利益を生まなかった。2004年1月期には364億円の当期純損失を計上し、親会社2社が資本を継ぎ足して支えている。2002年2月には住友金属工業へ1株5,000万円の優先株式400株を含む第三者割当を実施し、2004年1月には普通株式20株につき27株を1株100万円で株主に割り当てた。2003年4月と2004年4月には資本準備金を309億円、551億円と取り崩して欠損をてん補している[3][4]

親会社の懐事情と、資金を吸い続ける300mm

頼りの親会社にも余裕はなかった。住友金属工業は2004年3月末までに連結有利子負債を1兆4,900億円へ圧縮する計画を掲げ、2001・2002年度の設備投資を300億円台に絞り込んでいた。1996年度まで7年間続いた年1,000億円規模の投資からの様変わりである。シリコン事業を合弁会社へ移したことも、部門の赤字が持分法投資損益に変わって本体の負担が軽くなるという文脈で語られていた[5][6]

その一方で300mmウェーハは資金を吸い続けた。2001年10月に伊万里と米沢で量産が始まり、当時の三菱住友シリコン社長・森禮次郎氏は月産4万枚強を早急に10万枚へ引き上げたいと述べている。2006年1月期末までの累計設備投資は約1,300億円、生産能力は月産38万枚に達し、300mmの売上高は連結売上高の約3分の1に達していた。半導体の微細化を追う顧客に合わせ、投資は先へ積み増す必要があった[7][8][9]

決断

優先株式の消却から商号統一まで

上場の準備は資本構成の整理から始まった。2004年10月31日、優先株式400株を1株につき普通株式50株の比率で強制転換した。発行済株式は普通株式67,000株だけとなった。続く2005年5月12日には普通株式1株につき1,500株の割合で株式分割を実施し、発行済株式総数は1億50万株へ増えている。1株1,000万円規模で発行してきた株式を、市場で売買できる単位に刻み直す作業であった[10]

2005年8月、商号を三菱住友シリコンから株式会社SUMCOへ変更した。親会社2社の名を並べた社名を、統合から3年半で降ろしている。この間に同社は、重複機能の整理、海外子会社を含めたグローバル経営体制の構築、システム・社内諸制度・技術・研究開発の一本化、国内外製造拠点の再編・統合、不採算工場の整理と人員の適正化を進め、安定した収益基盤を築いたと自ら総括していた[11][12][13]

公募601億円と東証一部への直接上場

2005年11月16日、ブックビルディング方式による有償一般募集で普通株式19,200,000株を新規に発行した。1株当たりの発行価格は3,300円、払込金総額は601億9,200万円であった。これにより発行済株式総数は1億1,970万株、資本金は821億7,300万円となり、翌17日に東京証券取引所市場第一部へ株式を上場した。二部や新興市場を経ない、一部への直接上場である[14][15][16]

調達した資金は借入の返済に向かった。2006年1月期は公募増資で601億9,200万円を得た一方、短期借入金187億3,900万円と長期借入金330億9,700万円を返済している。期末の資本合計は前期末より813億2,200万円増えて1,616億8,000万円となり、親会社の増資と欠損てん補で継ぎ足してきた資本が、市場からの調達に置き換わった。統合直後に痛めた財務は、上場を挟んで形を変えている[17][18]

結果

動かなかった6割と、上場翌月の社長交代

上場は株主構成を塗り替えなかった。2006年1月末の大株主は住友金属工業と三菱マテリアルがそれぞれ35,850千株・29.95%で並び、2社で発行済株式の約6割を占めている。所有者別に見ても「その他の法人」が60.26%、外国法人等が17.75%、個人その他が6.50%であった。公募で市場に出たのは発行済株式の16%にあたる1,920万株にとどまり、親会社2社の持分は上場を経ても動いていない[19]

上場の翌月、経営の顔ぶれが替わった。三菱マテリアル副社長と三菱マテリアルシリコン社長を務め、2004年4月からSUMCOの社長の座にあった細田直之氏が取締役に退き、2005年12月に重松健二郎氏が取締役社長へ就いている。重松氏は住友金属工業の副社長から同年4月にSUMCO副社長として移った人物で、商号統一と上場という節目を挟んで、社長の椅子は三菱系から住友系へ渡った[20][21]

調達力が押し上げた拡大と、その反転

上場で得た調達力は、増産と買収の速度に表れた。2006年10月には株式公開買付けにより同業のコマツ電子金属を子会社化し、2008年1月期の設備投資は1,750億円と売上高の約4割に達している。売上高は2006年1月期の2,205億円から2008年1月期には4,750億円へ、営業利益は1,404億円へ伸び、1984年から世界首位を守ってきた信越化学工業をシェアで追う位置に立った[22][23][24]

拡大の速度は、そのまま反転の振れ幅にもなった。リーマン・ショック後の需要急落を受け、2010年1月期は売上高2,182億円、営業損失865億円、当期純損失1,005億円を計上している。上場で調達した資金を元手に積み増した300mmの生産設備は、稼働率が落ちると償却負担として決算に返ってきた。赤字は2011年1月期の純損失656億円、2012年1月期の純損失844億円と続いている[25][26]

出典・参考
  • SUMCO 有価証券報告書(2006年1月期・連結)
  • SUMCO 有価証券報告書(2008年1月期・連結)
  • SUMCO 有価証券報告書(2010年1月期・連結)
  • SUMCO 有価証券報告書(2012年1月期・連結)
  • SUMCO 有価証券報告書 第27期(2025年12月期)【沿革】
  • SUMCO「沿革」(企業情報) https://www.sumcosi.com/corporate/history.html
  • 週刊東洋経済 2002年5月18日号「[企業レポート]経営分析住友金属工業 鉄鋼部門利益首位でも株価50円台の“屈辱”」
  • 週刊東洋経済 2003年11月29日号「[特集]ニッポン半導体「大復活」10年好況が始まった」
  • 週刊東洋経済 2007年6月2日号「企業・産業シリコンウエハ頂上決戦荒ぶるM&Aの申し子 SUMCOの「大勝負」」
  • 週刊東洋経済 2007年9月22日号「ニュース最前線04 シリコンウエハ「二正面作戦」を展開中 SUMCOの勝算は?」

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