1969年から2003年までの34年間、この会社の信用は株主4社の名前でできていた。伊藤忠商事の案件と第一銀行系の与信、日本生命保険と朝日生命保険の資金。総資産8,000億円を自己資本186億円で回せたのは、貸し手が同社の背後に4社を見ていたからにほかならない。上場によって同社が獲得したのは、公募で得た75億2,000万円という現金だけではない。株価と格付によって毎日値付けされる、自分自身の信用であった。
もっとも、上場は株主の顔ぶれを動かさなかった。2006年3月末になっても伊藤忠商事は20.13%を持ち、上位10名で59.23%を占める。以後の歴代社長も日本生命保険、みずほ系、伊藤忠商事の出身者が続き、株主構成が経営体制を決める型は残った。変わったのは資金の取り方であって、会社の成り立ちではない。上場から3年後の2006年3月、同社は自社の格付を取り直したうえで、初めての無担保普通社債100億円を自分の名前で発行した。