ナスダック・ジャパン上場(2002年・システナの決断) 更新:2026/07/22 論点 成長資金を株式公開で調達するか システナ:業績の推移 売上高(億円)経常利益率(%) システムプロとしての株式公開と、新興市場での資金調達の道の確保 何をなぜ決めたか:システムプロとしての株式公開と、新興市場での資金調達の道の確保 概要 2002年8月、株式会社システムプロ(現システナ)が大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場へ株式を上場した。同月27日の有償一般募集で800株を発行し、資本金と資本準備金を合わせて2億2,400万円を調達した。 背景 創業者・逸見愛親氏は受注の7割を断る小人数経営から拡大路線へ転じ、1996年には移動体通信端末ソフトの受託開発へ入っていた。技術者の増員が売上の伸びを決める事業で、上場前にはベンチャーキャピタルからの第三者割当も重ねていた。 内容 大阪証券取引所ナスダック・ジャパン市場を選び、ブックビルディング方式で発行価格30万円・引受価額28万円の公募増資を実施した。第20期の1株当たり配当額7,500円には上場記念配当2,500円が含まれた。 含意 上場は一度きりの調達に終わらなかった。1年半後の2004年3月には引受価額94万6,400円で2,500株の公募を行い、23億6,600万円を調達している。2004年11月に東証二部、2005年10月に東証一部へ移った。 いつ何が起きたか 6件 考察:資金を得た会社が、次に迫られたもの 考察 考察:資金を得た会社が、次に迫られたもの この上場を、成長した会社が節目に選ぶ通過儀礼として読むと、見落とすものがあるように思われる。逸見愛親氏がかつて選んだのは、受注の7割を断って身軽さを保つ経営であった。上場はその反対側にある選択で、外部の株主に業績を説明し続ける代わりに、増員のための資金を市場から継続して引ける立場を買うものであった。2004年の二度目の公募が上場時の10倍規模だった事実は、この会社にとって上場が一回の資金調達ではなく、資金の蛇口そのものであったことを示している。 ただし、資金を得たことと、その資金の投じ先を自分で決められることは同じではない。上場後の売上は携帯電話端末ソフトの受託に集中し、総販売実績の1割を超える相手先が毎期並ぶ状態が続いた。増員した技術者をどの市場へ向けるかという問いは、上場によって解けたのではなく、むしろ資金が潤沢になったことで先鋭化したのだろう。その問いに対する答えが、8年後のカテナ合併であった。 Yutaka Sugiura, 2026年7月 参考文献 参考文献 参考株式会社システムプロ 有価証券報告書(第23期・2005年10月期)株式会社システナ 公式サイト「システナのあゆみ(沿革)」(https://www.systena.co.jp/about/history.html)『小さな会社はニュービジネスで儲けろ』(集団トプラ編, エール出版社, 1992年) 次に読む決断 システナの意思決定2006年システナシステナ増配方針への転換配当性向目標の30%から40%への引き上げ2006年2010年システナシステナカテナ吸収合併と商号変更合併した二社を「システナ」の新社名の下に一体化する再編2010年同じ問い:上場による資金調達2002年竹内製作所竹内製作所JASDAQへの登録上場登録上場による同族の非公開企業から公開企業への移行2002年2002年東日本旅客鉄道東日本旅客鉄道株式売却で完全民営化三次にわたる株式売却と、JR会社法からの離脱2002年2003年セイコーエプソンセイコーエプソン東証一部へ株式上場非公開の会社から、市場の値付けに日々晒される会社への移行2003年2003年東京センチュリー東京センチュリー東証二部上場設立から34年を経ての株式公開と、市場からの資金調達への道筋づくり2003年2004年アルバックアルバック東証一部上場で資金調達調達した資本の半導体・FPD製造装置の生産能力への積み増し2004年 × 出所