フューチャー の歴史

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創業 1989年
創業者 金丸恭文
創業地 東京都品川区
創業
1989年11月、35歳の金丸恭文氏が鹿児島市にフューチャーシステムコンサルティングを設立した。神戸大学工学部計測工学科を卒業し、会計システムのTKCとロジック・システムズ・インターナショナルで実務を積んだうえでの独立である。当時の日本のシステム開発はメーカー系列の下請けが支配的で、業務要件を練る人と実装する人が分かれていた。金丸氏は業務改革とシステム実装を同じチームが担う体制で創業した。1997年1月に米カリフォルニア州サンタクルーズへ現地法人を置き、1999年6月に日本証券業協会へ店頭登録、2000年2月に本社を東京都渋谷区へ移している。系列の後ろ盾がない以上、提案の中身だけで案件を獲得するほかなかった。
決断
本業を子会社へ渡し、本体から事業を無くした。2016年4月、創業以来の主力であるITコンサルを新設のフューチャーアーキテクトへ承継させ、商号もフューチャー株式会社へ改めた。ERPのFutureOne、メディアの東京カレンダー、教育のコードキャンプを機能・業種別に配置し、本体は事業を持たない持株会社となる。以後は2017年のワイ・ディ・シーから2024年のリヴァンプまで連続して買収を重ね、製造業向けSI・セキュリティ・デザイン・経営戦略コンサルを順に取り込んだ。事業を持たない本体を先に作ったことが、8年で7社を子会社へ加える速さを生んだ。
現況
機能別に分けたグループの利益は、創業事業のほぼ1社が出している。2025年12月期の連結売上高は759億円、営業利益は161億円で、営業利益率は21.3%であった。セグメント売上はITコンサルティング&サービスが674億円、ビジネスイノベーションが83億円で、セグメント利益は163億円と1億円に分かれる。連結従業員3,624名に対し、持株会社である本体は377名にすぎない。隣接領域を買い足しても全社の利益率が落ちなかったのは、本業のセグメント利益率が24%台を保ったからである。
競合
案件を取る力ではなく、外注へ出さない体制が利益率を決めている。フューチャーは上流の設計から運用までを自社グループで完結させ、技術者を抱える固定費と引き換えに外注比率を抑えてきた。2025年12月期の売上原価率は51.3%で、売上高が10倍あるSCSKの72.7%を20ポイント以上下回る。一方、同じ独立系でもベイカレントは平均年齢31.3歳・平均年間給与1,331万円の中途採用で人数を増やし、営業利益率34.3%を出している。フューチャーの平均年間給与は794万円、平均年齢は36.5歳であった。実装まで自社で抱える構えが、コンサルに近い利益率をシステム開発の売上規模で成り立たせている。
フューチャー:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2005年12月期2025年12月期

創業ストーリー 鹿児島発・独立系ITコンサルとして起業した黎明期 (1989年〜)

神戸大工学部卒の35歳が「経営革新としてのIT」を旗印に独立

1989年11月、当時35歳だった金丸恭文[1]は鹿児島県鹿児島市にフューチャーシステムコンサルティング株式会社を設立した[2]。設立当時の日本のSI業界は、メインフレーム時代に形成されたコンピュータメーカー系列の系列下請け構造が支配的で、業務知識と技術を併せ持つ独立系コンサルは数少なかった。同社はこの空白に立ち位置を取り、業務改革とシステム再設計を同じプロジェクトのなかで担うモデルで事業を進めた。

1997年1月には、米国カリフォルニア州サンタクルーズ[3]に現地法人 Future Architect, Inc. を設立した。

  • フューチャー 有価証券報告書 第37期(2025年12月期)【沿革】
    • [3]1997年1月 米国カリフォルニア州サンタクルーズに米国現地法人 Future Architect, Inc. を設立

1999年6月、日本証券業協会に株式を店頭登録し[4]、創業から10年で公開市場に到達した。独立系IT専業コンサルとしては早期の上場到達となった。2000年2月には本社(東京オフィス)を東京都渋谷区に移し[5]、鹿児島発の小規模スタートアップから首都圏のコンサル企業へと組織形態を移行した。

  • フューチャー 有価証券報告書 第37期(2025年12月期)【沿革】
    • [4]1999年6月 日本証券業協会に株式を店頭登録
    • [5]2000年2月 本社(東京オフィス)を東京都渋谷区へ移転
    • [1]金丸恭文は1954年生まれで、1989年11月の設立時は35歳
  • フューチャー 有価証券報告書 第37期(2025年12月期)【沿革】
    • [2]1989年11月 鹿児島県鹿児島市にフューチャーシステムコンサルティング株式会社を設立
    • [3]1997年1月 米国カリフォルニア州サンタクルーズに米国現地法人 Future Architect, Inc. を設立
    • [4]1999年6月 日本証券業協会に株式を店頭登録
    • [5]2000年2月 本社(東京オフィス)を東京都渋谷区へ移転

「業務とITの一体設計」を独立系で貫いたビジネスモデルの原型

金丸恭文氏は1954年に大阪で生まれ[6]、鹿児島で育った。神戸大学工学部計測工学科を卒業後、会計システムのTKC、ロジック・システムズ・インターナショナルを経て[7]、システム開発の実務経験を積んだうえで1989年に独立した。[8]当時の日本のシステム開発は、業務要件を考える人とプログラムを書く人が分かれ、ユーザー企業の現場とベンダーの開発部隊が分断されていた。金丸恭文社長は、この分断こそが日本のIT投資が成果につながりにくい原因だと捉え、業務改革とシステム実装を同じチームが一気通貫で担う体制を創業時の原型に据えた。

独立系であることは、特定のメーカーやパッケージに縛られず顧客に最適な技術を選べる強みになった一方、系列の後ろ盾を持たない以上、提案の質と成果でしか案件を勝ち取れない制約にもなった。同社は流通・金融・公共といった基幹システムの刷新需要が大きい領域に的を絞り、上流のグランドデザインから下流の運用までを自社グループで完結させることで、外注に依存しない高い付加価値を確保した。技術者を抱え込む内製モデルは固定費を重くする一方、案件ごとに蓄積したノウハウを次の顧客に転用できる資産となった。

創業から店頭登録までの10年間で[9]、同社は単なる受託開発ではなく、顧客の経営課題を起点にシステムを再設計するコンサルティング会社として立ち位置を固めた。金丸恭文社長が一貫して掲げてきたのは、技術を目的化せず経営の成果に結びつける姿勢であり、独立系コンサルという業態の希少性が、メーカー系SIerとの差別化を支えた。

  • フューチャー 有価証券報告書 第37期(2025年12月期)【沿革】
    • [9]1989年11月の創業から1999年6月の店頭登録まで約10年

東証1部上場と「コンサル+実装+投資」のグループ構造構築

2002年6月、東京証券取引所市場第一部に株式を上場[10]した。本則市場昇格は、独立系IT専業コンサルとしての評価を市場で確立する節目となった。2004年9月にはイギリス駐在事務所を設置し[11]、欧州拠点を開設。2005年6月には東京都渋谷区にフューチャーインベストメント株式会社を設立し[12]、コンサルティング本業に隣接する投資領域への足がかりを作った。2007年1月、コンサルティング子会社のウッドランド株式会社を吸収合併し[13]、商号をフューチャーアーキテクト株式会社に変更、同時に本社(東京オフィス)を東京都品川区に移転した。ウッドランドの統合によりITコンサル本業の規模を拡大しつつ、グループ全体のブランドをフューチャーアーキテクトに集約する戦略を発表した。

  • フューチャー 有価証券報告書 第37期(2025年12月期)【沿革】
    • [10]2002年6月 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [11]2004年9月 イギリス駐在事務所を設置
    • [12]2005年6月 東京都渋谷区にフューチャーインベストメント株式会社を設立
    • [13]2007年1月 ウッドランド株式会社を吸収合併、フューチャーアーキテクト株式会社へ商号変更、本社を東京都品川区へ移転

2010年代に入ると、同社は次々と買収を実行してグループの業容を多角化した。2012年1月、連結子会社の株式会社ザクラ(現東京カレンダー)が ACCESS のメディアサービス事業を会社分割で承継し[14]、コンテンツ・メディア領域に足を踏み入れた。2013年6月、株式会社eSPORTS(現YOCABITO)を買収し連結子会社化[15]、EC・小売領域に参入。2015年8月にはコードキャンプ株式会社に資本参加し連結子会社化[16]、プログラミング教育領域に参入した。これら買収は、本業のITコンサル+システム実装に対して、隣接領域での収益源の多様化を狙う動きであった。

  • フューチャー 有価証券報告書 第37期(2025年12月期)【沿革】
    • [14]2012年1月 連結子会社の株式会社ザクラ(現東京カレンダー)が株式会社ACCESSのメディアサービス事業を会社分割で承継
    • [15]2013年6月 株式会社eSPORTS(現株式会社YOCABITO)を買収し連結子会社化
    • [16]2015年8月 コードキャンプ株式会社に資本参加し連結子会社化

2016年4月、ITコンサルティング事業を新設のフューチャーアーキテクト株式会社に承継させる新設分割を行い、持株会社制に移行。商号をフューチャー株式会社に変更した。[17]本体は持株会社、ITコンサル本業は子会社のフューチャーアーキテクト、ERP事業はFutureOne[18]、メディアは東京カレンダー、教育はコードキャンプ、EC は YOCABITO といった機能・業種別の子会社配置となり、創業以来の単一事業体からグループ経営体制へと骨格を組み替えた。2017年1月、株式会社ワイ・ディ・シー(現フューチャーアーティザン)の株式を横河電機株式会社より取得し連結子会社化[19]、製造業向け技術コンサル+エンジニアリングサービス領域を取り込んだ。

  • フューチャー 有価証券報告書 第37期(2025年12月期)【沿革】
    • [17]2016年4月 ITコンサルティング事業を新設フューチャーアーキテクト株式会社へ承継する新設分割で持株会社制へ移行、商号をフューチャー株式会社へ変更
    • [18]ERP事業は2011年4月の会社分割でFutureOne株式会社が承継
    • [19]2017年1月 株式会社ワイ・ディ・シー(現フューチャーアーティザン)の株式を横河電機株式会社より取得し連結子会社化
  • フューチャー 有価証券報告書 第37期(2025年12月期)【沿革】
    • [10]2002年6月 東京証券取引所市場第一部に上場
    • [11]2004年9月 イギリス駐在事務所を設置
    • [12]2005年6月 東京都渋谷区にフューチャーインベストメント株式会社を設立
    • [13]2007年1月 ウッドランド株式会社を吸収合併、フューチャーアーキテクト株式会社へ商号変更、本社を東京都品川区へ移転
    • [14]2012年1月 連結子会社の株式会社ザクラ(現東京カレンダー)が株式会社ACCESSのメディアサービス事業を会社分割で承継
    • [15]2013年6月 株式会社eSPORTS(現株式会社YOCABITO)を買収し連結子会社化
    • [16]2015年8月 コードキャンプ株式会社に資本参加し連結子会社化
    • [17]2016年4月 ITコンサルティング事業を新設フューチャーアーキテクト株式会社へ承継する新設分割で持株会社制へ移行、商号をフューチャー株式会社へ変更
    • [18]ERP事業は2011年4月の会社分割でFutureOne株式会社が承継
    • [19]2017年1月 株式会社ワイ・ディ・シー(現フューチャーアーティザン)の株式を横河電機株式会社より取得し連結子会社化

高収益のITコンサル本業と低収益の周辺事業という二層構造

多角化を進めた一方で、グループの収益は一貫してITコンサルティング事業に集中していた。セグメント開示が始まったFY15では、ITコンサルティング事業の売上が215億円・利益46億円だったのに対し、ニューメディア&ウェブサービス事業は売上49億円で1.5億円の赤字、企業活性化事業は利益1千万円にとどまった。教育・メディア・ECといった買収で取り込んだ周辺事業は、案件単価も利益率も本業に遠く及ばず、グループ全体の利益はほぼコンサル本業が稼ぎ出す形が続いた。

コンサル本業が流通・金融の大手顧客との長期関係から安定した高収益を上げる一方で、周辺事業は赤字を抱えつつも次のサービスの種を探る位置づけにあった。

結果として、同社は規模拡大と利益率の両立を実現した。連結売上高はFY15の353億円からFY17の363億円へ緩やかに伸びた。多角化が利益率を希薄化させなかったのは、低収益の周辺事業を抱えながらも、本業のコンサルが付加価値の源泉として揺るがなかったためであり、グループ経営の重心は終始フューチャーアーキテクトに置かれていた。

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フューチャーの沿革1989〜2025年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1989〜2001年鹿児島発・独立系ITコンサルとして起業した黎明期金丸恭文独立系ITコンサルとしての創業と「業務とITの一体設計」

1989年11月、金丸恭文氏が鹿児島市にフューチャーシステムコンサルティングを設立し、コンピュータメーカー系列の下請けに属さない独立系として、業務改革とシステム実装を一体で担うITコンサルティングを事業の柱に据えた創業判断。

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★★★
金丸恭文Future Architectを設立
金丸恭文日本証券業協会に株式店頭登録
金丸恭文本社(東京オフィス)移転
2002〜2017年上場・グループ拡張・持株会社化と業容多角化期金丸恭文東京証券取引所市場第一部上場
金丸恭文イギリス駐在事務所を開設
金丸恭文フューチャーインベストメント設立
金丸恭文大阪オフィス設置
安延申ウッドランドを吸収合併、フューチャーアーキテクトに商号変更
金丸恭文中堅中小企業向けERP事業を会社分割でFutureOneに承継★★
金丸恭文ACCESSのメディアサービス事業を会社分割で承継
金丸恭文eSPORTS買収子会社化
金丸恭文マイクロ・シー・エー・デー・てんじくを子会社化
東裕二コードキャンプ買収
金丸恭文持株会社化と機能別グループ経営への転換

2016年4月、フューチャーは創業以来の主力であるITコンサルティング事業を新設子会社フューチャーアーキテクトへ承継させ、本体を持株会社に改めて商号もフューチャー株式会社へ変えた。金丸恭文氏が主導した、単一事業会社からグループ経営体制への組み替えである。

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★★★
金丸恭文ワイ・ディ・シーを横河電機より買収★★
金丸恭文マッチアラームを買収子会社化
2018〜2026年連続買収による総合化と AI/データ活用への投資期(2018〜現在)金丸恭文ディアイティを子会社化
金丸恭文イノベーション・ラボラトリを子会社化
金丸恭文ジークスタースポーツエンターテインメントを新規設立
金丸恭文Future Global Design Pte. Ltd.を設立
金丸恭文コードキャンプ完全子会社化
金丸恭文ネイロを買収子会社化
金丸恭文キュリオシティを買収子会社化
金丸恭文連続買収による総合コンサルティンググループ化

2017年から2024年にかけて、フューチャーが製造業向けSI・情報セキュリティ・デザイン・経営戦略コンサルティングの会社を連続して買収し、ITコンサルを中核としながら経営戦略コンサルまで守備範囲を広げて総合コンサルティンググループ化した経営判断。

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★★★
金丸恭文ディアイティがサイバー・ソリューションを吸収合併
出典・参考

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