2000年〜 ボストンコンサルティンググループ日本代表が、知恵と資金を併せて売る会社を興すまで(2000〜2006)
ドリームインキュベータの業績推移:単体
- 2000年 インキュベーション事業を目的として東京都港区に設立
- 2000年 東京都港区六本木に本社事務所を開設
- 2002年 東京証券取引所マザーズ市場に上場
- 2005年 東京証券取引所市場第一部に上場
- 2006年 創業者の堀紘一が代表取締役会長に退き、山川隆義が代表取締役社長に就任
戦略コンサルタントの独立と、資本金45百万円からの設立
1945年4月に兵庫県で生まれた堀紘一氏[1]は、東京大学法学部を卒業して読売新聞の記者となり、1973年に三菱商事へ移った[2]。ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得したのち、1981年にボストンコンサルティンググループ東京事務所へ入り[3]、1989年6月には同社の代表取締役社長へ就いた[4]。その堀氏が50代半ばで独立を選んだ理由は、日本のベンチャーが世界で伸びていないという見立て[5]にあった。世界で活躍しているベンチャーはその大半がアメリカなどの外資系[6]で、日本はこの時代転換期をチャンスに変えられなかった、と堀氏は2007年に振り返った。堀氏は、未来のホンダやソニーにあたる企業を100社、渋沢栄一氏や松下幸之助氏にあたる経営者を100人育てる[7]という構想を掲げ、日本のベンチャーに知恵を提供する会社を自ら興した。
- 週刊東洋経済 2003年2月8日号
- [1]堀紘一氏は1945年4月に兵庫県で生まれた
- 週刊東洋経済 2011年6月21日号
- [2]東京大学法学部卒業後、読売新聞記者を経て1973年に三菱商事へ入社
- [3]ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得後、1981年にボストンコンサルティンググループ東京事務所へ入社
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【役員の状況】
- [4]堀紘一氏の略歴に「平成元年6月 株式会社ボストンコンサルティンググループ代表取締役社長就任」とある
- ベンチャー通信27号(2007年9月)「未来のホンダやソニーを100社創出させる 日本のベンチャーに“知恵”を提供」
- [5]堀氏は日本がこの時代転換期をチャンスに変えられなかったという危機感から創業したと2007年のインタビューで述べている
- [6]世界で活躍しているベンチャーの大半はアメリカなどの外資系
- [7]「ホンダやソニーを100社育てる」「渋沢栄一、松下幸之助を100人育てる」という構想
2000年4月、堀氏は事業戦略の策定と実行支援を中核としたインキュベーション事業を目的として[8]、東京都港区に資本金45百万円でドリームインキュベータを設立し[9]、代表取締役社長に就いた[10]。同年6月には東京都港区六本木に本社事務所を開設して営業活動を始め、第三者割当増資により資本金を300百万円とした[11]。7月には新事業創出促進法の認定を受けた[12]。10月にも第三者割当増資を行い、資本金は499百万円に[13]なった。設立から半年のあいだに、堀社長は資本金を45百万円から499百万円へ、11倍に積み増した[14]。
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【沿革】
- [8]2000年4月 事業戦略策定と実行支援を中核としたインキュベーション事業を目的として設立
- [9]2000年4月 東京都港区に資本金45百万円で設立
- [11]2000年6月 六本木に本社事務所を開設し営業活動を開始、第三者割当増資で資本金300百万円
- [12]2000年7月 新事業創出促進法の認定を取得
- [13]2000年10月 第三者割当増資で資本金499百万円
- [14]資本金は2000年4月の45百万円から同年10月の499百万円へ増加
- 週刊東洋経済 2011年6月21日号
- [10]堀紘一氏は2000年の設立と同時に社長へ就任
助言の提供と並んで、社外のベンチャーへ資本を入れる仕事も創業初年度から始まった。2000年8月には、米セピエントがドリームインキュベータなどの出資を受けて日本法人を設立し、戦略立案からシステム構築、マーケティングまでを一手に引き受けるSIPS事業[16]で日本市場に入った。2001年2月、ドリームインキュベータは主に創業期のベンチャービジネスに対する業務サポートと投資を目的として[17]、東京都港区に資本金10百万円で株式会社デライトを設立した。出資比率は100%である。同じ2月の第三者割当増資で資本金を874百万円とし、翌3月にも増資して1,123百万円とした[19]。設立から11か月で、資本金は当初の45百万円の25倍に届いた[20]。 [15][18]
- 日経ビジネス 2001年2月5日号
- [15]米セピエントがドリームインキュベーターの出資を受けて2000年8月に日本法人を設立
- [16]SIPSは戦略立案からシステム構築、マーケティングまでを一手に引き受ける業態
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【沿革】
- [17]2001年2月 創業期のベンチャービジネスへの業務サポートと投資を目的に株式会社デライトを設立
- [18]デライトは東京都港区に資本金10百万円、ドリームインキュベータの100%出資
- [19]2001年2月に資本金874百万円、2001年3月に資本金1,123百万円
- [20]資本金は設立時45百万円から2001年3月の1,123百万円へ
- 週刊東洋経済 2003年2月8日号
- [1]堀紘一氏は1945年4月に兵庫県で生まれた
- 週刊東洋経済 2011年6月21日号
- [2]東京大学法学部卒業後、読売新聞記者を経て1973年に三菱商事へ入社
- [3]ハーバード・ビジネススクールでMBAを取得後、1981年にボストンコンサルティンググループ東京事務所へ入社
- [10]堀紘一氏は2000年の設立と同時に社長へ就任
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【役員の状況】
- [4]堀紘一氏の略歴に「平成元年6月 株式会社ボストンコンサルティンググループ代表取締役社長就任」とある
- ベンチャー通信27号(2007年9月)「未来のホンダやソニーを100社創出させる 日本のベンチャーに“知恵”を提供」
- [5]堀氏は日本がこの時代転換期をチャンスに変えられなかったという危機感から創業したと2007年のインタビューで述べている
- [6]世界で活躍しているベンチャーの大半はアメリカなどの外資系
- [7]「ホンダやソニーを100社育てる」「渋沢栄一、松下幸之助を100人育てる」という構想
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【沿革】
- [8]2000年4月 事業戦略策定と実行支援を中核としたインキュベーション事業を目的として設立
- [9]2000年4月 東京都港区に資本金45百万円で設立
- [11]2000年6月 六本木に本社事務所を開設し営業活動を開始、第三者割当増資で資本金300百万円
- [12]2000年7月 新事業創出促進法の認定を取得
- [13]2000年10月 第三者割当増資で資本金499百万円
- [14]資本金は2000年4月の45百万円から同年10月の499百万円へ増加
- [17]2001年2月 創業期のベンチャービジネスへの業務サポートと投資を目的に株式会社デライトを設立
- [18]デライトは東京都港区に資本金10百万円、ドリームインキュベータの100%出資
- [19]2001年2月に資本金874百万円、2001年3月に資本金1,123百万円
- [20]資本金は設立時45百万円から2001年3月の1,123百万円へ
- 日経ビジネス 2001年2月5日号
- [15]米セピエントがドリームインキュベーターの出資を受けて2000年8月に日本法人を設立
- [16]SIPSは戦略立案からシステム構築、マーケティングまでを一手に引き受ける業態
株式公開所要2年1カ月のマザーズ上場と、初期の収益構造
2002年5月、ドリームインキュベータは東京証券取引所マザーズ市場に上場した[21]。上場に伴う公募増資により資本金は1,582百万円となり[22]、翌6月には本社を東京都目黒区上目黒へ移した[23]。設立から株式公開までの所要月数は2年1カ月で[24]、2002年1月から2003年1月22日までに上場または上場計画を公表した154社[25]から持株会社を除いた比較で、最も短い記録だった。市場での分類上の業種はサービス業、掲げた創業理念はベンチャー企業への投資育成だった[26]。上場時点の資本金1,582百万円は、設立時の45百万円の35倍[27]にあたる。
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【沿革】
- [21]2002年5月 東京証券取引所マザーズ市場に上場
- [22]上場に伴う公募増資により資本金1,582百万円
- [23]2002年6月 東京都目黒区上目黒に本社を移転
- [27]資本金は設立時45百万円から上場時1,582百万円へ
- 週刊東洋経済 2003年2月8日号
- [24]株式公開所要月数2年1カ月で第1位
- [25]調査対象は2002年1月から2003年1月22日までに上場または上場計画を公表した154社
- [26]2000年4月設立のサービス業、創業理念はベンチャー企業への投資育成
上場前の2002年3月期は、売上高1,230百万円、経常利益435百万円、当期純利益247百万円[28]を計上し、総資産は2,558百万円だった[29]。翌2003年3月期は売上高を1,465百万円へ19%伸ばした[30]一方、経常利益は80百万円、当期純利益は18百万円まで減った[31]。売上高経常利益率は35%から5%へ落ち[32]、増収と減益が同じ期に並んでいる。自己資本比率は2002年3月期で90.2%[33]だった。2003年3月期の株価収益率は221.7倍に達した[34]。この時期のドリームインキュベータは連結財務諸表を作成しておらず[35]、公表した数字はすべて単体である。
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書 第6期(2006年3月期)「主要な経営指標等の推移」
- [28]第2期(2002年3月期)売上高1,230,499千円、経常利益435,019千円、当期純利益247,001千円
- [29]第2期の総資産2,558,638千円
- [30]第3期(2003年3月期)売上高1,465,086千円
- [31]第3期の経常利益80,462千円、当期純利益18,867千円
- [32]第2期の売上高経常利益率35%、第3期5%
- [33]第2期の自己資本比率90.2%
- [34]第3期の株価収益率221.7倍
- [35]この期は連結財務諸表を作成しておらず単体
従業員数は2002年3月期末の36名から、2003年3月期末には40名[36]になった。堀社長とともに経営を担った山川隆義氏は、設立の翌月にあたる2000年5月に入社し、同時に取締役へ就いた[37]。山川氏は1991年4月に横河ヒューレット・パッカードへ入り[38]、1995年10月にボストンコンサルティンググループへ移って[39]、1999年5月に同社のプロジェクトマネジャーを務めた[40]人物である。2000年6月から代表取締役を務めた井上猛氏も、1983年2月にボストンコンサルティンググループへ入って[41]同社のヴァイスプレジデントを務めていた。2003年6月には、硬派のジャーナリストとして知られる田原総一朗氏が取締役に就いた[42]。
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書 第6期(2006年3月期)「主要な経営指標等の推移」
- [36]第2期の従業員数36名、第3期40名
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【役員の状況】
- [37]2000年5月 山川隆義氏がドリームインキュベータへ入社し取締役に就任
- [38]1991年4月 山川氏は横河ヒューレット・パッカードへ入社
- [39]1995年10月 山川氏はボストンコンサルティンググループへ入社
- [40]1999年5月 山川氏は同社プロジェクトマネジャーに就任
- [41]井上猛氏は1983年2月にボストンコンサルティンググループ入社、同社ヴァイスプレジデントを経て2000年6月に当社代表取締役就任
- [42]2003年6月 田原総一朗氏が当社取締役に就任
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【沿革】
- [21]2002年5月 東京証券取引所マザーズ市場に上場
- [22]上場に伴う公募増資により資本金1,582百万円
- [23]2002年6月 東京都目黒区上目黒に本社を移転
- [27]資本金は設立時45百万円から上場時1,582百万円へ
- 週刊東洋経済 2003年2月8日号
- [24]株式公開所要月数2年1カ月で第1位
- [25]調査対象は2002年1月から2003年1月22日までに上場または上場計画を公表した154社
- [26]2000年4月設立のサービス業、創業理念はベンチャー企業への投資育成
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書 第6期(2006年3月期)「主要な経営指標等の推移」
- [28]第2期(2002年3月期)売上高1,230,499千円、経常利益435,019千円、当期純利益247,001千円
- [29]第2期の総資産2,558,638千円
- [30]第3期(2003年3月期)売上高1,465,086千円
- [31]第3期の経常利益80,462千円、当期純利益18,867千円
- [32]第2期の売上高経常利益率35%、第3期5%
- [33]第2期の自己資本比率90.2%
- [34]第3期の株価収益率221.7倍
- [35]この期は連結財務諸表を作成しておらず単体
- [36]第2期の従業員数36名、第3期40名
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【役員の状況】
- [37]2000年5月 山川隆義氏がドリームインキュベータへ入社し取締役に就任
- [38]1991年4月 山川氏は横河ヒューレット・パッカードへ入社
- [39]1995年10月 山川氏はボストンコンサルティンググループへ入社
- [40]1999年5月 山川氏は同社プロジェクトマネジャーに就任
- [41]井上猛氏は1983年2月にボストンコンサルティンググループ入社、同社ヴァイスプレジデントを経て2000年6月に当社代表取締役就任
- [42]2003年6月 田原総一朗氏が当社取締役に就任
投資事業組合の設立、東証一部への上場と社長交代
2004年3月、ドリームインキュベータはDI1号投資事業組合を設立した[43]。2004年3月期の売上高は1,688百万円、経常利益は503百万円、当期純利益は273百万円[44]で、経常利益は前期の80百万円から6倍を超える水準へ戻した[45]。総資産は4,461百万円、従業員数は49名[46]になった。続く2005年3月期は売上高2,253百万円、経常利益648百万円、当期純利益371百万円[47]を計上し、総資産は5,070百万円、従業員数は50名だった[48]。2005年3月期の経常利益は売上高の29%にあたり[49]、50名の人員で積み上げた金額である。第2期から第6期までの5期、売上高は毎期増えた[50]。
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【沿革】
- [43]2004年3月 DI1号投資事業組合を設立
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書 第6期(2006年3月期)「主要な経営指標等の推移」
- [44]第4期(2004年3月期)売上高1,688,610千円、経常利益503,708千円、当期純利益273,532千円
- [45]経常利益は第3期80,462千円から第4期503,708千円へ
- [46]第4期の総資産4,461,547千円、従業員数49名
- [47]第5期(2005年3月期)売上高2,253,151千円、経常利益648,276千円、当期純利益371,632千円
- [48]第5期の総資産5,070,883千円、従業員数50名
- [49]第5期の売上高経常利益率は28.77%(648,276千円÷2,253,151千円)
- [50]第2期から第6期まで売上高は毎期増加
2005年9月、ドリームインキュベータは東京証券取引所市場第一部に上場した[51]。マザーズ上場から3年4か月での市場変更[52]にあたる。同年11月には公募増資により資本金を4,476百万円とし[53]、マザーズ上場時の1,582百万円の3倍近くまで積み増した。2006年3月期の売上高は4,175百万円と前期の1.9倍になり[54]、経常利益は1,866百万円、当期純利益は1,078百万円へ伸びた[55]。総資産は12,277百万円と前期の2.4倍に膨らみ、自己資本比率は91.3%[56]だった。1株当たり2,000円の配当を初めて実施し[57]、株価収益率は221.7倍から44.6倍へ下がった[58]。
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【沿革】
- [51]2005年9月 東京証券取引所市場第一部に上場
- [52]2002年5月マザーズ上場から2005年9月の一部上場まで3年4か月
- [53]2005年11月 公募増資により資本金4,476百万円
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書 第6期(2006年3月期)「主要な経営指標等の推移」
- [54]第6期(2006年3月期)売上高4,175,297千円、第5期は2,253,151千円
- [55]第6期の経常利益1,866,892千円、当期純利益1,078,038千円
- [56]第6期の総資産12,277,705千円、自己資本比率91.3%
- [57]第6期に1株当たり配当2,000円で初配
- [58]株価収益率は第3期221.7倍、第6期44.6倍
2006年6月、堀社長は代表取締役会長に就き、代表取締役社長には山川隆義氏が就任した[59]。堀氏は代表権を手放さず、代表取締役は会長と社長の二人になった[60]。山川氏は2005年6月に取締役副社長となり[61]、その1年後に代表取締役社長へ上がった。堀会長と山川社長はいずれもボストンコンサルティンググループの出身[62]で、社長を交代したあとも経営陣の母体は変わらなかった。2006年3月期末の従業員数は56名[63]で、2002年3月期末の36名から20名増えた。設立時に45百万円だった資本金は期末で4,517百万円[64]、総資産は12,277百万円になった。
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【役員の状況】
- [59]2006年6月 堀紘一氏が代表取締役会長、山川隆義氏が代表取締役社長に就任
- [60]堀氏は代表取締役会長、山川氏は代表取締役社長で代表取締役は2名
- [61]2005年6月 山川氏が取締役副社長に就任
- [62]堀氏・山川氏はいずれもボストンコンサルティンググループ出身
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書 第6期(2006年3月期)「主要な経営指標等の推移」
- [63]第6期の従業員数56名、第2期36名
- [64]第6期末の資本金4,517,482千円(設立時は45百万円)
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【沿革】
- [43]2004年3月 DI1号投資事業組合を設立
- [51]2005年9月 東京証券取引所市場第一部に上場
- [52]2002年5月マザーズ上場から2005年9月の一部上場まで3年4か月
- [53]2005年11月 公募増資により資本金4,476百万円
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書 第6期(2006年3月期)「主要な経営指標等の推移」
- [44]第4期(2004年3月期)売上高1,688,610千円、経常利益503,708千円、当期純利益273,532千円
- [45]経常利益は第3期80,462千円から第4期503,708千円へ
- [46]第4期の総資産4,461,547千円、従業員数49名
- [47]第5期(2005年3月期)売上高2,253,151千円、経常利益648,276千円、当期純利益371,632千円
- [48]第5期の総資産5,070,883千円、従業員数50名
- [49]第5期の売上高経常利益率は28.77%(648,276千円÷2,253,151千円)
- [50]第2期から第6期まで売上高は毎期増加
- [54]第6期(2006年3月期)売上高4,175,297千円、第5期は2,253,151千円
- [55]第6期の経常利益1,866,892千円、当期純利益1,078,038千円
- [56]第6期の総資産12,277,705千円、自己資本比率91.3%
- [57]第6期に1株当たり配当2,000円で初配
- [58]株価収益率は第3期221.7倍、第6期44.6倍
- [63]第6期の従業員数56名、第2期36名
- [64]第6期末の資本金4,517,482千円(設立時は45百万円)
- ドリームインキュベータ 有価証券報告書【役員の状況】
- [59]2006年6月 堀紘一氏が代表取締役会長、山川隆義氏が代表取締役社長に就任
- [60]堀氏は代表取締役会長、山川氏は代表取締役社長で代表取締役は2名
- [61]2005年6月 山川氏が取締役副社長に就任
- [62]堀氏・山川氏はいずれもボストンコンサルティンググループ出身