ドリームインキュベータ投資規律の厳格化と、ファンド組成による株式市況に依存しない収益構造への転換

自己資金で未公開株を抱えるか、外部資金を預かって運用するか——2期連続の巨額損失が迫った収益構造の見直し

時期 2009年6月
意思決定者(推定) 堀紘一山川隆義 ドリームインキュベータ 代表取締役会長・ドリームインキュベータ 代表取締役社長
論点 投資規律と収益構造
概要
2009年6月10日に提出した第9期(2009年3月期)の有価証券報告書で、ドリームインキュベータが株式市場に依存した収益構造からの脱却を対処すべき課題に掲げ、創業以来続けてきた自己資金による投資に代えて、ファンドの組成と運用によって安定的な収益を確保する方針を示した経営判断。堀紘一会長と山川隆義社長のもとで決められた。
背景
新興市場の株式市況低迷と新規株式公開の減少により、保有する営業投資有価証券の評価損が2期にわたって膨らんだ。2008年3月期は当期純損失1,477,969千円、2009年3月期は同2,996,912千円を計上し、コンサルティングで稼いだ利益は相場の下落に吸われた。
内容
1社当たりの投資残高の上限と保有・売却ルールを厳格に運用し、新規投資は小ロットに抑えて成長性を見極めながら追加する多段階投資へ改めた。あわせて投資事業組合の財産管理・運用を担う子会社を設け、ファンドの組成と運用へ収益の源を移す方針を打ち出した。M&Aの前後工程を取り込むため、2009年4月10日にGCAサヴィアングループと業務提携の基本合意書を結んでいる。
含意
自己資金で未公開株を買って値上がりを待つ収益は、株式市況とIPO市況の水準にそのまま連動する。ドリームインキュベータはその振れ幅を投資規律で抑えたうえで、外部資金を預かる運用と、経営権を取った事業の連結利益へ稼ぎ方を移した。
筆者の見解

相場から降りるということ

2009年3月期に営業投資有価証券を1,416,300千円分売って、手元に残ったキャピタルゲインは9,709千円であった。売るほど値下がりを確定させるだけで、コンサルティングで稼いだ利益は評価損に吸われた。ドリームインキュベータが決めたのは投資をやめることではなく、値上がり益を当てにする稼ぎ方をやめることであった。自己資金の含み益を待つ代わりに、外部の資金を預かる運用と、経営権を取った事業の連結利益へ収益の源を移している。

ただ、切り替えは一度では終わらなかった。無配は2009年3月期から続き、2012年6月の株主総会でも堀紘一会長は株主に詫びるところから答えねばならなかった。山川社長が語ったマジョリティ投資の優位も、その時点ではアイペット一社の伸びに負うところが小さくなかった。相場の振れに委ねる稼ぎ方を手放す代わりに、事業をみずから経営する重さを引き受けた判断であったとみることができる。

Yutaka Sugiura, 2026年8月

背景

未公開株の値上がりに乗る収益

ドリームインキュベータは、ボストンコンサルティンググループ日本代表を務めた堀紘一氏が2000年に設立した会社で、大企業向けの戦略コンサルティングと、自己資金でベンチャーの未公開株を引き受ける投資を並べて営んできた。2005年9月に東京証券取引所市場第一部へ上場し、株式市況が良ければ投資先の公開益が利益を押し上げる。2006年3月期には経常利益19億円、当期純利益11億円を計上していた[1][2]

その稼ぎ方は、新興市場の変調とともに逆へ振れた。2008年3月期は上場有価証券の評価損695,363千円と未上場有価証券の評価損671,081千円を計上し、支援先の新規株式公開は2社と当初の見込みを下回った。営業投資事業は売上高543,847千円に対して営業損失1,726,285千円となり、大企業向けコンサルティングが創業以来最高の売上高1,262,675千円を挙げても補いきれなかった[3]

先に書き換えられた投資の作法

損失を受けて、投資の作法はまず二つの点で改められた。ひとつはマーケットリスク管理の強化で、上場有価証券について1社当たりの投資残高の上限や保有・売却ルールを従来以上に厳格にし、株式市況の変動が業績へ及ぶ幅を抑えるとした。含み益を長く抱えるほど有利という前提を、みずから外す内容である。第8期の有価証券報告書は、これを対処すべき課題の一つに掲げた[4]

もうひとつは多段階投資である。投資後にインキュベーションサービスを提供する同社は、投資先の財務状況や成長性を投資時よりも投資後に的確に把握できる。そこで新規投資先への投資額を小ロットに抑え、支援の過程で成長性を判断しながら段階的に追加投資を実施し、投資リスクを極小化する方針を示した。一度に多額を投じず、確度の上がった先へ資金を寄せる作法へ改めている[5]

決断

売り切っても残らなかった1年

2009年3月期、ドリームインキュベータは先行き不透明な株式市況を勘案し、保有する営業投資有価証券の売却を積極的に進めた。営業投資売上高は前期比160.4%増の1,416,300千円に達したものの、売却によるキャピタルゲインは9,709千円にとどまった。加えて上場有価証券945,623千円、未上場有価証券1,281,765千円の評価損を計上し、経常損失は2,336,458千円、当期純損失は2,996,912千円となった[6]

支援先の新規株式公開はこの期ゼロで、コンサルティング事業の売上高も1,209,250千円へ13.8%減った。財務では短期借入金900,000千円を返済し、期末の現金及び現金同等物は1,304,257千円を確保している。配当は経営体質の強化を理由に見送られ、自己資本比率は97.3%、自己資本利益率は△39.7%を記録した。借入をたたんで手元を守る一方、株主への還元は止めた期であった[7]

株式市場に依存した収益構造からの脱却

2009年6月10日に提出した第9期の有価証券報告書で、ドリームインキュベータは対処すべき課題の一つに株式市場に依存した収益構造からの脱却を挙げた。創業以来の自己資金による投資、すなわちプリンシパル投資に代えて、今後はファンドの組成と運用により安定的な収益確保を図るという内容である。受け皿は先に用意され、2008年7月にDIインベストメントパートナーズ、2009年2月にDI Investment Partners Limited を設立していた[8][9]

もう一本の柱にはM&A関連の役務を据えた。世界同時不況で企業のM&Aが加速すると読み、前工程の事業再編戦略策定と後工程のPMIに需要が生まれるとみて、2009年4月10日にGCAサヴィアングループと業務提携の基本合意書を締結した。投資の側では、1社当たりの投資残高の上限と保有・売却ルールを引き続き厳格に運用し、ベンチャー支援は新株予約権を対価とすることを原則として減損リスクを避ける建て付けに整えた[10][11]

結果

翌期からの黒字転換

切り替えの効果は翌期に表れた。2010年3月期は売上高2,620,834千円と横ばいながら、営業投資有価証券の売却で596,871千円のキャピタルゲインを確保し、経常損失は193,933千円まで縮み、当期純利益249,523千円で黒字に転じた。未上場株の評価損470,379千円はなお残り、配当も引き続き見送られたが、期末の資金は2,800,110千円へ積み上がった[12]

2011年3月期には経常利益698,860千円、当期純利益422,708千円を計上した。牽引したのはコンサルティング事業で、政府に対する産業政策立案支援や複数の大企業による政策実現支援といった産業プロデュースが広がり、セグメント売上高は52.5%増の1,696,340千円、営業利益は405.3%増の672,397千円となった。相場ではなく役務が利益を作る構成へ寄った期である[13]

ファンドと経営権への移行

ファンドは2010年6月8日に組成された。ベトナムの有望企業を投資対象とするDI Asian Industrial Fund, L.P. で、出資金総額5,010,000千円のうち同社の出資は1,010,000千円、運営はDI Investment Partners Limited が担った。自己資金だけで投じる規模から、外部資金を預かって動かす規模へ移った。2012年2月には日本知財ファンド1号投資事業有限責任組合へも出資している[14][15]

営業投資も選別へ進み、2011年3月期は既存の投資先を深く支援する先とそれ以外に分け、後者を売却した。同年2月にはアイペットの発行済株式数の82.11%を取得し、連結子会社としている。2012年6月の第12回定時株主総会で山川隆義社長は、3%や5%のマイナー出資はコントロールが効かずExitも難しく、かえってリスクが高かったとし、マジョリティ投資なら連結利益として毎期取り込めると述べた。堀紘一会長は同じ場で、無配を株主に詫びている[16][17]

出典・参考
  • ドリームインキュベータ 有価証券報告書(2008年3月期・連結)
  • ドリームインキュベータ 有価証券報告書(2009年3月期・連結)
  • ドリームインキュベータ 有価証券報告書(2010年3月期・連結)
  • ドリームインキュベータ 有価証券報告書(2011年3月期・連結)
  • ドリームインキュベータ 有価証券報告書(2012年3月期・連結)
  • ドリームインキュベータ 2012年3月期 第12回定時株主総会 質疑要旨(2012年6月14日)
  • 週刊東洋経済 2011年6月21日号

この決断を下した社長 堀紘一

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