上場企業の経営論点

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収益モデルの転換

機器を製造して納入する会社の売上は、出荷した時点で計上される。年度で区切る決算では、その年に納入した台数がそのまま業績になる。保守や部品の交換には代金を取らず、次の受注を得るための付帯業務と位置づける会社が多かった。売り手には、現在受け取れる代金を後年へ繰り延べる理由がなかった。

転機は、納入した機器の累計台数だった。据付台数が積み上がれば、保守に要する人員と部品の費用は無視できない規模になる。同時にその据付台数は、毎年確実に発生する作業量でもある。したがって有料の契約へ切り替えれば、販売した年にしか立たない収入が、機器が稼働しているかぎり立つ収入に変わる。ただし代金は契約期間に分けて計上されるため、転換した年度の売上高はその分だけ減少する。

三浦工業は1972年にボイラーの保守を有料の継続契約へ切り替え、機器の売り切り益を保守料の積み上げへ置き換えた。任天堂は1983年に本体価格を抑えてソフトで回収する設計を選び、初期に受け取る代金を意図的に抑えている。シスメックスは1985年に装置ではなく試薬で収益を上げる売り方を確立した。いずれも、納入した機器が顧客の手元で稼働しているかぎり収入が立つ。

売買を仲介して手数料を得る事業者でも、一件ごとの代金に依存しない料金体系への転換が起きた。松井証券は1999年に定額制の手数料体系で当初案の7割引を9割引まで引き下げている。少人数の会社が大手の収益基盤を崩せたのは、店舗と営業員を持たない構造が、値下げの原資をそのまま利益に残したからである。SBIホールディングスは2023年に国内株式売買手数料を恒久的に無料化した。LINEヤフーは2013年に出店料を無料化し、広告と決済で回収する収益構造へ移行している。さらにオービックビジネスコンサルタントはクラウドへの移行で、買い切りの代金を月額課金へ分解した。

つまり売上を計上する時点は、代金を受け取る瞬間から契約が続く期間へ移った。転換した年の決算は、同じ台数を納入し、同じ数の顧客を抱えていても縮小して見える。売上高の増減だけでは、この組み替えが進んでいるのか止まっているのかを判別できない。

財務諸表のどこを見るか

損益計算書ではなく、収益認識に関する注記から読む。収益を一時点で移転する財と一定の期間にわたり移転する財に分けた表があり、後者の比率が上がっていれば継続課金へ移りつつある。貸借対照表では契約負債(前受金)の残高と回転期間を追う。代金を先に受け取って役務を後から提供する構造なら、契約負債は売上より先に積み上がる。あわせて売上高の内訳で製品と保守・サービスの比率、売上総利益率の水準変化を見る。売り切りをやめた年は、売上高が一度減少して利益率が上がる。

2020年代

2026年インフロニアHD三井住友建設をTOBで買収同業を傘下に収める子会社化と、グループ体制への取り込み2026年大和証券G本社オリックス銀行の全株取得預金の貸出先となる融資機能の取得と市場運用型銀行からの脱却2025年タイミースキマワークス買収全株式の取得による、物流倉庫の業務請負分野への進出2025年FPG不動産小口化商品の販売停止令和8年度税制改正大綱を受けた主力商品の販売一時停止と、投資運用商品としての立て直し2025年サンウェルズPDハウスの不正請求発覚調査報告書の受領と訪問看護体制の全面見直し2024年大和証券G本社資産管理型ビジネスへの転換単品売買モデルとの決別と、顧客の資産価値最大化への軸足の移動2023年タイミーみずほ等3行から借入無担保・無保証の銀行借入による運転資金の調達と累計403億円の資金構成2023年SWCC商号をSWCCに変更純粋持株会社体制の解消と、旧社名を捨てた事業会社への回帰2023年SBIHD「ゼロ革命」で手数料無料化オンラインの国内株式売買手数料の放棄と、金融収益・口座数での取り返し2023年マネックスGNTTドコモとの共同持株会社設立と、マネックス証券の持分法適用会社化2022年ペプチドリームPDRファーマの子会社化富士フイルム富山化学から引き継ぐ放射性医薬品事業の取得2021年NECBluStellar戦略へ転換ハード売り切りからの脱却と、再成長に向けた事業モデルの組み替え2021年富士通Uvance戦略で事業転換事業モデルの再定義と、DX企業への立ち位置の置き換え2021年西武HD西山隆一郎氏が社長就任コロナ禍の純損失723億円を経た代表取締役2名体制への移行とアセットライトの継承2020年サンゲツスペースクリエーション企業へ転換長期ビジョン「DESIGN 2030」に掲げた事業領域の転換宣言2020年中部電力パワーグリッドとミライズへ分社送配電・小売の分社化と持株会社体制への移行

2010年代

2019年ショーボンドHD三井物産と海外合弁商社との合弁による海外メンテナンスの段階展開2019年野村HD国内店舗の2割削減対面営業モデルの転換と、ウェルス・マネジメントへの構造改革2018年オービックビジネスコンサルタント「奉行クラウド」投入完全SaaS型への移行による、買い切り型から継続収益型への収益構造の入れ替え2018年ANYCOLORにじさんじの運営に転換アプリ事業から所属ライバーの運営へ——創業1年での主力事業の入れ替え2018年ソシオネクスト「ソリューションSoC」転換汎用ASSPの切り捨てと、顧客ごとのカスタム設計専業への集中2017年日立建機豪ブラッドケンの買収鉱山機械への本格参入と、米H-Eパーツも交えた消耗部品事業の獲得2017年カプコンRE ENGINEの内製化開発基盤の自前化とデジタル・DLC販売への構造転換2016年出前館「シェアリングデリバリー」開始注文の取次にとどまらず配達まで担う、事業範囲の拡大2016年ビジョナルHRMOSの投入とSaaS多角化隣接市場への広がりによる成功報酬型からの収益源の分散2016年東京ガスずっともプランで電力参入電力小売全面自由化に合わせた家庭向け低圧電力販売への参入とガス・電気のセット販売2015年ネクステージ名古屋茶屋店を開業大型ワンストップ店フォーマットへの転換と、借入による規模拡大2015年三陽商会バーバリーライセンス喪失ライセンス契約の終了と、後継ブランドへの売場の置き換え2015年青山商事ミスターミニット買収スーツ一本足から離れるために買収した、靴修理と合鍵の577店2015年丸井定期借家方式への切り替え消化仕入れから定期借家への小売業態転換と「売らない店」への転換2015年コナミG開発本部制への移行とモバイル重視看板クリエイターの離脱と、モバイル収益重視への経営資源の再配分2014年パナソニックテスラとの車載電池協業ギガファクトリーへの設備投資と家電向けから車載向けへの電池の転換2014年オリックスリーマン後の事業投資転換リース・融資という金融の型を捨て、自己資金を投じる側への立ち位置の移行2014年三菱倉庫江戸橋倉庫ビルの用途転換日本橋の物流拠点を建て替え、賃貸オフィスとして収益を得る方式への切り替え2014年森ビル虎ノ門ヒルズ森タワーの竣工立体道路制度を使った環状第二号線上空への超高層建設2013年マネーフォワードクラウド会計への参入個人向け一本足からの脱却と法人向けという二本目の柱の確立2013年ペプチドリームマザーズ上場創業7年での公開と、製薬大手への技術提供を収益源に据える体制2013年LINEヤフーeコマース革命で出店料無料化出店料収入を自ら放棄することと引き換えの、収益構造そのものの転換2013年松井証券「一日信用取引」導入デイトレード限定の商品投入による、委託手数料に依存しない収益構造への移行2013年商船三井LNG船・長期契約へ転換スポット運賃で収益を上げる不定期船経営からの脱却と、収益構造の安定化2013年NTTドコモiPhoneの取り扱い開始自前の端末ラインアップで囲い込む方針を解き、AndroidとiOSの二本立てへ転じた2012年関電工銚子風力開発へ出資風力発電会社への資本参加による、発電事業そのものへの進出2012年ガンホー・オンライン・エンターテイメントパズル&ドラゴンズ投入自社で開発したオリジナルIPによる新規タイトルの投入2012年インターネットイニシアティブ法人ストック型への転換フロー型のISP接続に依存した収益構造からの脱却と事業モデルの組み替え2012年塩野義製薬ViiVへHIV事業移転合弁持分を譲渡する代わりに受け取った相手方株式10%の保有2012年フジ・メディアHDサンケイビルの子会社化都市開発と観光を第二の柱とする、放送一本の収益構成の組み替え2012年ジャストシステムタブレット教育スマイルゼミ投入売り切りのソフト販売から家庭向け通信教育への事業の組み替え2012年沖電気工業本庄工場をEMSに転換閉鎖寸前だった生産拠点の受託生産化と、他社工場を取得する側への転身2011年さくらインターネット石狩データセンター建設都市型の立地を捨てて郊外型の大規模拠点へ切り替える選択2011年小野薬品工業米BMSと抗PD-1抗体提携北米以外・日韓台を除く開発販売権の委託とロイヤルティ収入2011年オリエンタルランド1デーパスポートの値上げ入園者数の成長から客単価の成長への転換と入園料の段階的な引き上げ2011年東京建物評価損の計上と引責辞任出資SPCの評価損による純損失717億円と収益構造の組み替え2010年荏原製作所三菱商事・日揮の資本参加水事業子会社の株式の3分の2の譲渡と、3社同持分の共同経営への移行2010年バンダイナムコHDIP軸戦略への転換作品の権利そのものを事業の軸に位置づける経営方針への切り替え

2000年代

2009年DeNA怪盗ロワイヤルの課金転換広告収入に依存するモデルからアイテム課金へと収益源を移す転換2009年ドリームインキュベータファンド組成型への転換投資規律の厳格化と、株式市況に左右されない収益構造への組み替え2009年パーク24マツダレンタカー取得レンタカー事業の取り込みによるモビリティ事業への参入2009年サイバーエージェントジークレストを完全子会社化オンラインゲーム子会社の全株取得による課金事業の取り込み2009年サンリオMR.MEN取得と欧米ライセンス転換国内物販で収益を上げる会社から、欧米でロイヤリティを取る会社への組み替え2008年日本新薬セレキシパグをアクテリオンへ導出日本を除く全世界の開発販売権を他社へ委ねるという選択2008年TBSHD赤坂サカスの開業赤坂再開発による不動産事業化2007年日本マクドナルドフランチャイズ転換直営店の加盟店への移管と、店舗資産を抱えない体質への転換2007年北の達人コーポレーションカイテキオリゴ軸のD2C転換わけあり物産ECからの撤退と、自社開発品を販売するメーカー型への移行2007年ディスコ経費管理レベルと4年累計20%目標市況の谷でも利益を確保する収益構造への転換と、経費支出の段階管理の導入2007年BIPROGYケンブリッジの買収ネットマークスへのTOBと合わせたサービス事業への転換2007年三菱HCキャピタルUFJセントラルリースとの合併合併による三菱UFJリースの発足2006年丸井エポスカードで金融転換グレーゾーン金利への依存からの脱却と、カード事業を軸とした業態の組み替え2005年ネクステージクロスセル導入車を販売して終わりにせず保険・整備まで一体で手がける生涯顧客化への転換2005年ゆうちょ銀行日本郵政公社の投資信託募集業務開始他社商品の窓口販売で手数料を得る収益構造への転換2004年サイバーエージェントアメーバブログ開始ブログサービスの立ち上げによるメディア事業への参入2003年FUJI高速多機能装着機NXT開発モジュール型を軸とした次世代機への設計転換2003年日本郵政三事業一体での日本郵政公社発足分割も株式会社化も先送りした国の直営から独立採算の公社への移行2003年伊勢丹メンズ館の全面改装新宿本店ブランド区画の撤去、本館改装への150億円の投入2003年光通信OA機器販売への転換社債償還危機下の有利子負債圧縮と収益源の入れ替え2003年森ビル六本木ヒルズの竣工用地の自社取得から地権者参画・床売却への切り替え2002年楽天Gフランチャイズ型へ転換出店料を固定で取る料金体系との決別による、出店者との取り分の組み替え2002年ユナイテッドアローズ自主企画レーベルで東証上場複数レーベルの併走と、デザイン主体の商品づくりへの移行2002年マネックスGDLJとの合併検討中断後の信用取引参入顧客保護を理由に見送ってきた貸株サービスの開始2002年リロGリロケーション・ジャパン転貸開始借上社宅の転貸事業への進出2001年オープンハウスG創建ビルド取得で自社開発へ仲介専業から自社土地仕入・建物建築への転換2001年LINEヤフーYahoo!BB参入回線なしでの集客の提供とISP料金の一部・加入インセンティブの取得2001年セブン銀行アイワイバンク銀行設立金利差ではなくATM受入手数料を収益源に据えた銀行の設計2001年NSD福島総合計算センターの子会社化地域の計算センターの取り込みと、運用受託部門の切り出し2000年太平洋セメントエコセメントを事業化都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立

1990年代

1999年トリドールHD「とりどーる」へ転換洋風居酒屋から和風焼き鳥ファミリーダイニングへの業態転換1999年松井証券「ボックスレート」導入定額制手数料への転換と、当初案7割引から9割引への引き下げ1998年任天堂ポケモン社の共同設立共同出資による作品管理会社の設立と、IP経営への移行1998年東京建物高輪物件のSPC第1号登録SPC法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出1998年カチタス桐生市で中古住宅再生に参入改正民事執行法を機に競売物件の中古住宅再生事業を立ち上げ1998年KDD国際電信電話法の廃止根拠法の消滅に伴う特殊会社の立場からの離脱と一民間企業への移行1997年シップヘルスケアHDSPD主体へ転換医療コンサルと写真フィルム販売から、院内物流代行を主軸とする体制への転換1997年日本長期信用銀行スイス銀行との資本提携業務・資本の両面で組む投資銀行への転換と、住友信託銀行への合併申し入れ1996年キッコーマンプロダクトマネジャー制導入商品ごとに責任者を配置する体制づくりを通じた、事業運営の方針転換1996年FOOD&LIFECOMPANIES高司店で1皿100円均一開始兵庫県宝塚市の1店舗から始めた均一価格業態への全面移行1996年オリエンタルランド東京ディズニーシーの建設決定第2パークとホテル・モノレールの同時建設による滞在型への移行1996年九州旅客鉄道ジェイアール九州リーテイル設立駅ビル・不動産・流通・介護へ拡大した非鉄道事業の構築1995年ゴールドウインノース・フェイス商標取得日本と韓国という二つの市場を対象とした商標権の確保1995年イオン大型SC開発に多角化郊外大型ショッピングセンターの本格展開とデベロッパー事業への多角化1994年京王電鉄京王百貨店の自主MD改革委託販売から自主MDへの転換と、沿線での専門大店の試行1994年光通信HITSHOP展開を開始携帯電話の売切り制移行を機とした販売代理店事業への参入1993年リロG「福利厚生倶楽部」開始企業の福利厚生を代行する新事業による、第二の収益源づくり1992年インターネットイニシアティブ商用ISPの創業該当する事業者が一社も存在しない国内市場での事業の立ち上げ1991年パーク24タイムズ運営への転換駐車場機器の販売代理店から無人時間貸駐車場の運営者への転身1991年住友商事事業投資への転換「総合事業会社構想」——トレーディング依存から1990年アマダ加工ソフト組込みへ転換加工機単体の販売からの離脱と、システム販売への移行

1980年代

1989年ニチレイシステム物流・3PLへ転換冷蔵倉庫の保管業を脱し、物流を一括して請け負う側への業態転換1988年大成建設造注路線への機構改革支店へ委ねた権限の本社への引き戻しと、受注待ちの請負体質を改める組織の組み替え1988年大東建託大東建託へ社名変更土地活用を軸とする事業モデルの確立と、それを掲げた社名への刷新1988年三菱地所丸の内再開発計画の発表地区全体の超高層化構想の提示と、自社の丸ビルからの再開発着手1987年象印マホービンサクセス90の発売電気炊飯ジャーを低価格路線から高級品路線へ切り替える商品戦略の転換1987年靴のマルトミオーナーシステムの導入直営店を独立採算の販売委託店へ切り替える運営方式への転換1986年東燃ゼネラル石油和歌山で電力卸売に参入経営会議の組織風土の立て直しと、遊休地を収益源に変える新規事業の立ち上げ1986年日本長期信用銀行イ・アイ・イへの支援打ち切り取引開始から深入りし、1993年に至って関係を断つまでの経緯1985年シスメックス機器・試薬セット販売装置単体ではなく「計数結果を売る会社」への業態の設計1984年三井住友トラストG土地信託の受託第1号国内初の事例を手がけたことによる、公有地分野への足がかりの獲得1983年任天堂ファミコンの発売本体を低価格に抑え、ソフトで収益を上げる家庭用ゲーム機の収益モデルへの転換1982年イトーヨーカ堂セブンーイレブン方式導入業務改革(業革)の開始と、単品管理・仮説検証の本体への持ち込み1982年スクウェア・エニックスHDエニックスへ商号変更開発部門を持たない出版社型モデルの採用と、外部作者との提携

1970年代

1960年代

1950年代

1910年代

1900年代

1890年代

掛け合わせで見る

収益モデル転換による隣接領域への展開33事例

2026年大和証券G本社オリックス銀行の全株取得預金の貸出先となる融資機能の取得と市場運用型銀行からの脱却2022年ペプチドリームPDRファーマの子会社化富士フイルム富山化学から引き継ぐ放射性医薬品事業の取得2017年日立建機豪ブラッドケンの買収鉱山機械への本格参入と、米H-Eパーツも交えた消耗部品事業の獲得2016年ビジョナルHRMOSの投入とSaaS多角化隣接市場への広がりによる成功報酬型からの収益源の分散2016年東京ガスずっともプランで電力参入電力小売全面自由化に合わせた家庭向け低圧電力販売への参入とガス・電気のセット販売2013年マネーフォワードクラウド会計への参入個人向け一本足からの脱却と法人向けという二本目の柱の確立2012年関電工銚子風力開発へ出資風力発電会社への資本参加による、発電事業そのものへの進出2012年インターネットイニシアティブ法人ストック型への転換フロー型のISP接続に依存した収益構造からの脱却と事業モデルの組み替え2012年ジャストシステムタブレット教育スマイルゼミ投入売り切りのソフト販売から家庭向け通信教育への事業の組み替え2009年パーク24マツダレンタカー取得レンタカー事業の取り込みによるモビリティ事業への参入2009年サイバーエージェントジークレストを完全子会社化オンラインゲーム子会社の全株取得による課金事業の取り込み2007年BIPROGYケンブリッジの買収ネットマークスへのTOBと合わせたサービス事業への転換2005年ゆうちょ銀行日本郵政公社の投資信託募集業務開始他社商品の窓口販売で手数料を得る収益構造への転換2004年サイバーエージェントアメーバブログ開始ブログサービスの立ち上げによるメディア事業への参入2002年マネックスGDLJとの合併検討中断後の信用取引参入顧客保護を理由に見送ってきた貸株サービスの開始2001年LINEヤフーYahoo!BB参入回線なしでの集客の提供とISP料金の一部・加入インセンティブの取得2001年NSD福島総合計算センターの子会社化地域の計算センターの取り込みと、運用受託部門の切り出し2000年太平洋セメントエコセメントを事業化都市ごみ・産業廃棄物の受け入れによる廃棄物処理事業の確立1998年東京建物高輪物件のSPC第1号登録SPC法施行直後の国内第1号登録取得と、不動産証券化・資産運用事業への進出1996年九州旅客鉄道ジェイアール九州リーテイル設立駅ビル・不動産・流通・介護へ拡大した非鉄道事業の構築1995年イオン大型SC開発に多角化郊外大型ショッピングセンターの本格展開とデベロッパー事業への多角化1993年リロG「福利厚生倶楽部」開始企業の福利厚生を代行する新事業による、第二の収益源づくり1986年東燃ゼネラル石油和歌山で電力卸売に参入経営会議の組織風土の立て直しと、遊休地を収益源に変える新規事業の立ち上げ1986年日本長期信用銀行イ・アイ・イへの支援打ち切り取引開始から深入りし、1993年に至って関係を断つまでの経緯1984年三井住友トラストG土地信託の受託第1号国内初の事例を手がけたことによる、公有地分野への足がかりの獲得1976年KADOKAWA"犬神家の一族"で映画参入東宝と提携した劇場映画の製作による映画事業への参入1974年セブン&アイHDセブンイレブンの創業米国から持ち帰った小型店をフランチャイズ方式で拡大する展開1969年東京海上HD長期総合保険の発売掛け捨ての補償に貯蓄性を足した長期商品への踏み出し1965年ホリプロ東京音楽出版の設立放送局系列の音楽出版会社への楽曲著作権譲渡の不採用1958年東宝不動産活用委員会の設置興行の場である劇場を不動産資産として運用する体制への移行1954年ヤマハヤマハ音楽教室の開設教室を通じて弾き手を育て、楽器需要そのものを喚起する市場の創造1917年南満洲鉄道朝鮮国有鉄道の受託経営朝鮮総督府が管理する路線の引き受けと、鮮満両鉄道の一体運営1904年三越デパートメントストア宣言座売りの全廃による陳列販売への転換

収益モデル転換への設備投資16事例

2015年ネクステージ名古屋茶屋店を開業大型ワンストップ店フォーマットへの転換と、借入による規模拡大2014年パナソニックテスラとの車載電池協業ギガファクトリーへの設備投資と家電向けから車載向けへの電池の転換2014年三菱倉庫江戸橋倉庫ビルの用途転換日本橋の物流拠点を建て替え、賃貸オフィスとして収益を得る方式への切り替え2014年森ビル虎ノ門ヒルズ森タワーの竣工立体道路制度を使った環状第二号線上空への超高層建設2013年商船三井LNG船・長期契約へ転換スポット運賃で収益を上げる不定期船経営からの脱却と、収益構造の安定化2011年さくらインターネット石狩データセンター建設都市型の立地を捨てて郊外型の大規模拠点へ切り替える選択2008年TBSHD赤坂サカスの開業赤坂再開発による不動産事業化2003年伊勢丹メンズ館の全面改装新宿本店ブランド区画の撤去、本館改装への150億円の投入2003年森ビル六本木ヒルズの竣工用地の自社取得から地権者参画・床売却への切り替え1996年オリエンタルランド東京ディズニーシーの建設決定第2パークとホテル・モノレールの同時建設による滞在型への移行1988年三菱地所丸の内再開発計画の発表地区全体の超高層化構想の提示と、自社の丸ビルからの再開発着手1986年東燃ゼネラル石油和歌山で電力卸売に参入経営会議の組織風土の立て直しと、遊休地を収益源に変える新規事業の立ち上げ1971年DOWA秋田製錬所を設立臨海型の亜鉛拠点の新設と、自山鉱から輸入鉱への原料の切り替え1955年飯野海運千代田土地建物を買収一社を完全子会社として取り込むかたちで踏み出した不動産事業への進出1953年日本テレビHD民間テレビ局の開局街頭受像機を設置して視聴者層そのものを創出する事業の立ち上げ1914年ニチロ北洋サケ・マス漁場取得米国式缶詰機械の導入によるサケ缶詰の量産化への踏み切り

事業モデル転換のほかの論点

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