怪盗ロワイヤルによる広告依存モデルからアイテム課金への転換
2009年実施広告に頼るモバゲーを、守安功はどうやって課金モデルへ作り替えたか
- 概要
- 2006年に無料の広告メディアとして始めたモバゲータウンの収益を、DeNAは2009年10月の内製ソーシャルゲーム「怪盗ロワイヤル」で、ゲーム内アイテム課金を柱とするモデルへ切り替えた。この転換を主導した守安功COOのもとで、連結売上高は2年で376億円から1,127億円へ伸びた。
- 背景
- モバゲータウンは会員数が2008年4月に1,000万人を超えたが、無料の集客と広告収入では利用者の増加に見合う収益を確保しにくかった。携帯電話の高機能化と定額データ通信の普及でモバイル利用が拡大し、個人単位の少額課金が成立しやすくなるなかで、広告依存からの脱却が課題となっていた。
- 内容
- 2008年4月にアイテム課金(モバコイン)を導入し、2009年10月7日に「怪盗ロワイヤル」を本格提供した。「盗む・盗まれる」を核にプレイヤー同士でアイテムが動く設計とし、基本無料で始めて優位の獲得に課金を促し、自社プラットフォーム上で決済まで完結させた。開始3週間で3億円規模の売上を記録した。
- 含意
- 怪盗ロワイヤルは単一タイトルの成果にとどまらず、利用者同士の競争と協力を課金の動機へ変える設計と、外部の決済に頼らない自社課金の体制を確立した。2010年のオープンプラットフォーム化で外部開発者にも供給を広げ、この事業を主導した守安功は2011年6月に代表取締役社長兼CEOへ就いた。
広告メディアから課金プラットフォームへ
この転換の核心は、単一タイトルの商業的な成功よりも、収益を生む仕組みそのものを作り替えた点にある。無料で会員を集めて広告を売るモデルは、利用者が増えても一人あたりの売上が伸びにくく、広告市場の変動に収益が縛られる。怪盗ロワイヤルでDeNAが確立したのは、利用者同士の競争と協力を課金の動機へ変える設計と、外部の決済に頼らず自社のプラットフォーム上で売上を回収する体制であった。集客と課金と決済を一つに束ねたこの仕組みは、単発のヒットに終わらず、以後のソーシャルゲーム事業を支える構造になった。
一方で、この成功は収益の偏りという課題も残した。連結売上高が2年で3倍に伸びる急成長は、収益の多くをソーシャルゲームに集中させ、後年のスマートフォンへの移行や海外展開、多角化の必要につながった。広告に頼るモバゲータウンをアイテム課金のプラットフォームへ作り替えた選択は、DeNAに国内で有数の高収益をもたらす一方で、その成長モデルへの依存という次の課題を生んだ。無料の入り口と少額課金を束ねる設計は、その後のモバイルゲーム産業に広く受け継がれ、DeNAはその形を早くに築いた一社となった。
Yutaka Sugiura, 2026年7月
背景
無料の広告メディアとして設計されたモバゲータウン
DeNAは2006年2月、携帯電話向けのSNS「モバゲータウン」を始めた。無料で使えるアバターやゲームで会員を集め、ゲーム内通貨「モバゴールド」を軸に、集めた会員へ広告を届けて収益を得る無料メディアとして設計されていた。利用者はゲームで遊びながらモバゴールドをためて楽しみ、DeNAは膨らむ会員数を背景に広告枠を販売する。会員数は2008年4月に1,000万人を突破し、モバイル向けの集客基盤としては国内でも有数の規模に達していた。オークションのモバオクに続く柱として、モバゲータウンはDeNAの成長を支える存在に育っていた[1]。
しかし、無料で集めた会員へ広告を当てるだけでは、利用者数の伸びに見合う収益を確保しにくかった。広告収入は景気や広告主の予算に左右されやすく、会員が増えても一人あたりの売上が伸びる仕組みは弱い。DeNAは2008年4月、ゲーム内で使うアイテムを有料で売る課金通貨「モバコイン」を導入し、スクウェア・エニックスなど外部7社を招いてゲームポータル化を進めた。無料の集客に課金を接ぎ木する試みであったが、収益の中心を広告から課金へ移す判断は、この時点ではまだ定まっていなかった[2]。
モバイル利用の拡大という追い風
収益モデルの見直しを迫ったのは、モバイル利用そのものの拡大であった。携帯電話の高機能化と定額データ通信の普及により、利用者がモバイルからインターネットに接する時間は増えていた。パソコン向けのサービスと比べて利用の頻度が高く、短い時間に繰り返し触れる特性は、個人単位の少額課金と相性がよかった。国内のソーシャルゲーム市場は2007年に約60億円だったものが、その後数年で数百億円規模へと膨らみ始め、モバゲータウンの会員数も2009年9月には1,500万人へ伸びた。DeNAには、広告収入への依存を薄め、利用者の支払いから直接に収益を得る仕組みを固める必要があった[3]。
決断
内製ソーシャルゲーム「怪盗ロワイヤル」への集中
DeNAが選んだのは、外部から集めたゲームに頼るのではなく、自社で開発したソーシャルゲームを収益の中心に据える道であった。その代表作が、2009年10月7日に本格提供を始めた「怪盗ロワイヤル」である。企画と開発を担った大塚剛司らは、プレイヤーが互いのアイテムを「盗む・盗まれる」仕組みを核に、他者との関係のなかで遊びが続く設計を採った。ゲーム専用機向けの作品のような作り込みよりも、短い時間に繰り返し遊べる手軽さと、利用者同士のやり取りが生む熱中を重んじた[4]。
開発の考え方は、完成品を届けてから手を離す従来の据置型ゲームとは異なっていた。運営しながら利用者の反応を見て、問題があればすぐに直し、遊びの中身を走りながら変えていく。担当した大塚剛司は、この作り方をソーシャルゲームの本質として語っている。基本は無料で始め、より有利に、より速く遊びたい利用者にアイテムの購入を促す。無料の入り口を広く保ったまま、遊び込む利用者から少額の課金を積み上げる設計が、怪盗ロワイヤルの収益を支えた[5]。
自社プラットフォームで決済を完結させる設計
怪盗ロワイヤルのもう一つの特徴は、課金の決済を自社のプラットフォーム上で完結させた点にある。利用者はモバゲータウンの中でアイテムを買い、DeNAは外部の決済事業者に多くの手数料を払うことなく売上を回収できた。無料の利用者を大量に集め、その一部が繰り返す少額課金で収益を生むのがソーシャルゲームであり、集客と課金と決済を一つの土台に束ねたことで、利用者一人あたりの売上を自ら高める余地が広がった。怪盗ロワイヤルは本格提供の開始から、わずか3週間で3億円規模の売上を記録した[6]。
DeNAは、この課金型ソーシャルゲームを自社の内製にとどめなかった。2009年12月にはmixiアプリモバイルへ怪盗ロワイヤルを提供し、2010年1月にはモバゲータウンを外部の開発者へ開くオープンプラットフォーム化に進んだ。自社が作るゲームと第三者が作るゲームの双方を、同じアイテム課金と決済の仕組みの上で走らせる構想で、開発者は集客と課金の基盤をDeNAに委ね、DeNAは供給されるタイトルの幅で利用者をつなぎ留める。無料メディアとして始めたモバゲータウンは、多くの開発者がゲームを供給し、利用者がアイテムに支払う場へと性格を変えていった[7]。
結果
売上急伸と課金モデルの確立
アイテム課金の定着は、DeNAの業績を短い期間で押し上げた。連結売上高は2009年3月期の376億円から、2010年3月期に481億円、2011年3月期には1,127億円へと伸び、営業利益も158億円から561億円へ拡大した。2011年3月期は、2005年2月の株式上場以来7期連続の過去最高で、営業利益は前の期からおよそ163%増えた。無料の集客と広告に依存していた収益構造は、わずか2年でアイテム課金を主体とするものへ置き換わった[8]。
利用者と開発者の広がりも、これに歩調を合わせた。モバゲータウンは2011年3月にMobageへ改称し、会員数は同月末で2,714万人、ゲームを供給する登録デベロッパーは317社・869タイトルに達した。怪盗ロワイヤルも2011年6月に登録ユーザー1,000万人を超えた。この事業を主導した守安功は同じ2011年6月、夫の看病を理由に退いた創業者・南場智子に代わって代表取締役社長兼CEOに就き、フィーチャーフォン・PC・スマートフォンの3つのデバイス領域でMobageの首位を目指すと述べた[9][10]。
- 4Gamer(2010年9月3日)「[CEDEC 2010]作りながら考える,走りながら変えていく。大ヒットソーシャルゲーム『怪盗ロワイヤル』のできるまで」
- ケータイ Watch(2011年7月4日)「南場智子氏の後を継ぐ、守安功新社長に直撃インタビュー」
- 日本経済新聞(2011年5月25日)「ディーエヌエー、南場智子社長『夫の看病で社長退任を決断』」
- gamebiz(2011年4月28日)「DeNA、2011年3月期は営業益163%増の560億円」
- DeNA 有価証券報告書(連結・2009年3月期)
- DeNA 有価証券報告書(連結・2010年3月期)
- DeNA 有価証券報告書(連結・2011年3月期)
- DeNA 沿革(モバゲータウン開始・アイテム課金導入・オープンプラットフォーム化・Mobageへの改称)