1969年の判断は、品揃えを1本増やした話ではないと読める。掛け捨ての損害保険は1年で完結し、保険料は会社に滞留しない。そこへ貯蓄性を足した長期商品を置けば、契約者から預かった金を年単位で抱えることになり、引き受けの巧拙とは別に、その金をどう運用するかが損益を決めはじめる。事実、積立保険料の増大は資産運用の多様化とオンライン化を促した。損害率に圧迫されて苦しかったのは自賠責と自動車という引き受けの現場だが、山本源左衛門氏が動かしたのは、その現場ではなく金の置き場のほうだった。
もっとも、この踏み出しがすぐ効いたわけではない。積立が元受保険料の30%を占めて最大種目になるのは1990年度で、発売から20年以上が経っている。その間に会社は1985年の「積立特約」まで商品を重ね、1974年の自動車保険オンライン、1988年の第3次オンラインと事務の機械化を積み上げた。長期の前受金を扱う商品は、売った瞬間ではなく、抱えつづける年月のなかで採算が決まる。1969年に置いた1本が最大種目に育つまでの距離こそ、この判断の性格を示しているとみられる。