東京海上ホールディングス山本源左衛門の積立保険発売:掛け捨ての補償に貯蓄性を足した長期商品への踏み出し

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時期 1969年4月
意思決定者(推定) 山本源左衛門 東京海上火災保険 社長(1966年6月就任)
論点 高い損害率に苦しむ自賠責・自動車への傾斜か、貯蓄性を足した長期商品の開拓か
概要

1969年4月、補償に貯蓄性を加えた長期保険である積立保険(長期総合保険)を発売した。主力種目が海上・火災から自賠責・自動車へ入れ替わり、その2種目がいずれも高い損害率に苦しむなかで、1年で完結する掛け捨ての損害保険に貯蓄の機能を足し、保険料を長期に前受けして運用する商品を投入した判断である。

背景

1955年度から1970年度にかけて元受保険料収入は99億円から1640億円へ15年間で16.6倍に伸びた。だが種目別構成比は1955年度の海上49%・火災42%から1970年度には自賠責30%・自動車23%へ入れ替わり、モータリゼーションで急増したこの2種目は高い損害率に悩まされた。1967年には、かさむ保険金の支払いに耐えかねて任意の自動車保険の引き受けを断る保険会社が業界で相次いでいる。

内容

積立保険は補償に貯蓄性を加えた長期保険で、契約の期間を通じて保険料を前受けし、積み立てていく形をとる。発売の時点で元受保険料収入は長期経営五カ年計画の目標だった500億円を超えて771億円に達し、元受ベースの市場占有率は20%を突破していた。1985年9月には積立分野の決定版とされた「積立特約」の認可を取得している。

含意

積立保険料の増大は資産運用の多様化とオンライン化を促した。1974年2月に業界初の自動車保険オンライン・システム、1988年10月に第3次オンラインが本格稼働している。1990年度の元受保険料は1兆5501億円と20年間で9.5倍になり、構成比は積立30%・自動車28%で、積立が最大種目になった。

筆者の見解

商品を1本足したのではなく、金の置き場を変えた

1969年の判断は、品揃えを1本増やした話ではないと読める。掛け捨ての損害保険は1年で完結し、保険料は会社に滞留しない。そこへ貯蓄性を足した長期商品を置けば、契約者から預かった金を年単位で抱えることになり、引き受けの巧拙とは別に、その金をどう運用するかが損益を決めはじめる。事実、積立保険料の増大は資産運用の多様化とオンライン化を促した。損害率に押されて苦しかったのは自賠責と自動車という引き受けの現場だが、山本源左衛門氏が動かしたのは、その現場ではなく金の置き場のほうだった。

もっとも、この踏み出しがすぐ効いたわけではない。積立が元受保険料の30%を占めて最大種目になるのは1990年度で、発売から20年以上が経っている。その間に会社は1985年の「積立特約」まで商品を重ね、1974年の自動車保険オンライン、1988年の第3次オンラインと事務の機械化を積み上げた。長期の前受金を扱う商品は、売った瞬間ではなく、抱えつづける年月のなかで採算が決まる。1969年に置いた1本が最大種目に育つまでの距離こそ、この判断の性格を示しているとみることができる。

Yutaka Sugiura, 2026年9月

東京海上ホールディングス:元受保険料と主力種目の入れ替わり

(億円) 元受保険料 備考
1955年度 99 種目別構成比は海上49%・火災42%
1970年度 1,640 自賠責30%・自動車23%。積立保険は前年度の1969年4月に発売
1990年度 15,501 積立30%・自動車28%で積立が最大種目。1970年度比9.5倍

出所:日本会社史総覧(東洋経済新報社, 1995)「東京海上火災保険」

東京海上ホールディングス:営業収益と利益の推移

(億円) 営業収益経常利益当期純利益 備考
1965年3月期 年鑑の掲載は1966年3月期からで、この期は照合できていない
1966年3月期 3787522
1967年3月期 49412024
1968年3月期 66118430
1969年3月期 83419934 積立保険の発売直前の期。元受保険料収入は771億円に達していた
1970年3月期 1,01020738 1969年4月に積立保険(長期総合保険)を発売
1971年3月期 1,33136589
1972年3月期 1,483414125
1973年3月期 1,635467162
1974年3月期 1,942488159
1975年3月期 2,326448145
営業収益と当期純利益率
営業収益(億円)当期純利益率(%)

出所:会社年鑑(1976年版)「東京海上火災保険」

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出典・参考

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