樋口公啓
東京海上ホールディングス・元取締役社長
社長就任までの出自
出自
1960年4月に東京海上火災保険へ入社した。1989年に取締役、1992年に常務取締役、1995年に専務取締役へ進み、翌1996年6月に社長へ就任している。当時の東京海上は1995年の正味保険料で業界シェア18%を占め、海上保険をはじめとする企業保険に強い三菱系損保の首位だった。同年7月時点の海外駐在は世界49都市137人だった。
社長に選ばれた経緯
抜擢
1996年6月、河野俊二氏の後任として社長に就任した。就任直前の同年5月には米AIUが傷害保険の料率改定の根拠が不透明だとして蔵相へ異議を申し立て、護送船団行政に正面から異が唱えられていた。同年12月には日米保険協議が決着し、損害保険料率を1998年7月までに完全自由化する方針が決まった。規制の恩恵を最も受けてきた最大手ほど打撃は重く、1万4000人という業界最大の社員数が重荷になりかねなかった。
在任中の主な施策
施策
1998年1月に企業向け保険が全面自由化され、同年7月には個人向けで料率算定会料率の使用義務がなくなった。先立つ1997年9月のリスク細分型自動車保険の解禁では米アメリカンホームが参入し、保険料は条件次第で3割近く安くなった。約8万の代理店網が弱みに転じかねない情勢のなか、東京海上は直販へ走らず代理店との共存を選んだ。1996年には生損保の相互参入の解禁を受け、資本金300億円で東京海上あんしん生命保険を設立している。2000年9月には日動火災・朝日生命との総合保険グループ構想を発表した。
在任の評価
評価
執筆予定
経歴 1960〜2001年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-