山本源左衛門

東京海上ホールディングス・元取締役社長

Yamamoto Genzaemon(敬称略)

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社長就任 1966年6月
生年月日 —
学歴 東京帝国大学法学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1930年に東京海上火災保険へ入社し、1938年から満洲火災保険に勤務した。終戦を経た1947年に東京海上へ復職している。復職した1947年は、在外資産の喪失、本社ビルの接収、公職追放が重なった直後にあたる。社外へ出た9年を除き、1966年6月の社長就任まで社内を歩いた。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1966年6月、高木幹夫氏の後任として社長に就任した。1966年3月期の収入保険料は378億円、当期純利益は22億円だった。前任期に導入した電子計算機システムで事務の機械化が進み、主力種目は海上・火災から自賠責と任意自動車保険へ移り始めていた。

在任中の主な施策
施策

1967年、交通事故の増加で保険金の支払いに耐えかねて任意自動車保険の引き受けを断る保険会社が業界で相次いだ。東京海上は1969年4月、補償に貯蓄性を加えた長期保険である積立保険を発売した。積立保険は個人資産の増大とともに伸び、のちに主力種目となる。海外では再保険取引に加え、元受営業が欧米や東南アジアで軌道に乗り始めた。1960年代末の元受保険料収入は771億円、元受ベースの市場占有率は20%を超えた。 長期総合保険の発売

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1930〜1972年
在任中の業績
就任前(FY65)378億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

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