『信託銀行の業務はどこも同じです。やっていることの基本は変わらない』——1981年に早崎博常務が語った言葉が、この受託の性格を言い当てている。土地信託の仕組みそのものは1973年に信託協会で作られ、旗を振ったのは三井信託銀行だった。住友信託が取ったのは発明ではなく、誰も第1号になっていない商品に最初に手を挙げる半歩の差である。不動産取扱高で業界首位に立っていた蓄積があって、はじめてその半歩が届いたのだろう。
もっとも、この半歩が呼び込んだものは収益だけではなかった。不動産を担保に取る側から運営する立場に転じた信託銀行は、地価の上昇を前提にした仕事を多く抱え、バブル崩壊後には麻布建物や第一コーポレーションのような後始末に追われた。先に出ること自体は理にかなっていても、出た先の相場が反転したときに何を抱えるかまでは選べない。土地信託の先駆けという記録は、その両面を含んでいるといえる。