みずほリース の歴史

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創業 1969年
母体 日本興業銀行系
創業地 東京都
創業
1969年12月、日本興業銀行を中心に事業会社と生命保険会社15社を加えた計16社が、資本金5億円でパシフィック・リースを東京に設立した。1964年設立のオリエント・リースが市場を開拓した直後の参入で、興銀は単独で会社を興さず、株主各社の取引網を案件の入口に充てる形をとっている。1981年11月に商号を興銀リースへ改め、1987年に英国、1992年にタイ、1998年にフィリピンへ現地法人と持分を広げた。東京証券取引所市場第二部への上場は2004年10月で、設立から35年を要した。
決断
新しい領域には、自前で会社を興さず他社から引き取って入ってきた。2012年2月、東芝が分離した法人向け金融サービス事業を90%出資で承継し、ティーファスを発足させた。航空機では2016年に米Aircastleとの合弁で運航会社向けリースに参入し、2019年11月には丸紅と共同でAircastleを買収し議決権25%を握った。2019年2月のみずほ銀行との資本業務提携でみずほフィナンシャルグループの持分法適用関連会社となり、同年10月に商号から興銀の名を外してみずほリースへ改めた。以後もリコーリース、日鉄興和不動産、みずほキャピタル、ジェコスと、既存の会社の株式を取得して関連会社に加えている。一から興すより取得するほうが速いという判断が、事業の広げ方を決めた。
現況
利益の伸びは、貸した資産よりも出資した先から来ている。2026年3月期の売上高9,216億円は93%がリース・割賦だが、営業利益447億円に対し経常利益は650億円で、差の203億円は持分法投資利益を含む営業外収益が生んだ。Aircastle、リコーリース、日鉄興和不動産、ジェコスと、連結に取り込まない出資先の損益がここへ入る。セグメントで見ても、ファイナンスは売上435億円で利益170億円と、売上8,635億円で利益269億円のリース・割賦を利益率で上回る。親会社株主に帰属する当期純利益は476億円で、前期の420億円から伸びた。
競合
親会社が2つあることが、案件の取り方を同業と分けている。みずほフィナンシャルグループが23.1%、丸紅が20.0%を持ち、銀行の取引先と商社の事業投資の双方から話が持ち込まれる。三菱HCキャピタルは三菱の1系統、東京センチュリーは伊藤忠・NTT・みずほの3系統と、株主の構え方はそれぞれ違う。セグメント資産4兆円のみずほリースは三菱HCキャピタルの3分の1にとどまり、規模では競争劣位にある。それを埋めるのが2024年5月の丸紅への第三者割当増資で、累計1,500億円の投資枠を商社の案件で使う構想を置いた。単独で規模を追う代わりに、銀行系と商社系のどちらの案件も引ける位置を作っている。
みずほリース:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円純利益率(%)
2006年3月期2026年3月期

設立ストーリー 16社の共同出資で生まれた興銀系総合リース会社 (1969年〜)

日本興業銀行が音頭を取った16社連合

1969年12月、日本興業銀行(現みずほ銀行)の主導で[1]、産業界を代表する事業会社・生命保険会社など計16社が資本金5億円を出し合い、株式会社パシフィック・リース[2]が東京で設立された。リース事業協会が1969年7月に8社で発足した直後で[3]、いざなぎ景気下のリース第一次設立ラッシュに位置する銀行系総合リース会社の一社だった。当時のリース業は1964年設立のオリエント・リース(現オリックス)が先行して普及を進めていた段階で、興銀は単独で参入する道を選ばず、複数の事業会社・生保を相乗りさせる形で出発した。出資者の幅広さは取引顧客の幅広さを意味し、銀行のシンジケート融資と同様に多数の株主を抱えるリース会社の運営手法は、案件発掘から与信判断までを共有する枠組みとして1970年代の事業拡大を支えた。

  • みずほリース 有価証券報告書【沿革】
    • [1]日本興業銀行は現みずほ銀行
    • [2]1969年12月、日本興業銀行主導で16社が資本金5億円を出資し株式会社パシフィック・リースを東京で設立
  • リース事業協会沿革資料
    • [3]リース事業協会は1969年7月に8社で発足

1972年に建設機械と船舶のリース事業を始め、1981年11月には商号を興銀リース株式会社へ変更した[4]。『パシフィック』という汎用名から、出自である日本興業銀行の冠を掲げる名称への切り替えで、興銀の取引法人を顧客基盤として明示する選択だった。1982年に航空機レバレッジドリースを[5]、1985年には国内初の鉄道車両リースを手掛けて専門領域を広げた。リース業はこの時期、設備投資の節税効果と簿外化を求める法人需要で二桁成長が続き、興銀リースは興銀の大企業取引網に乗る形でファイナンスリース料収入を伸ばした。長銀系の日本リースが本業のリースよりも長銀の別働隊としてのファイナンス業に傾いた事例が後に出るが、興銀リースは主力事業のリース・割賦に経営資源を寄せ続け、銀行系リース会社の分岐を分けた。

  • みずほリース 有価証券報告書【沿革】
    • [4]1981年11月に商号を興銀リース株式会社へ変更
    • [5]1982年に航空機レバレッジドリースを開始
  • みずほリース 有価証券報告書【沿革】
    • [1]日本興業銀行は現みずほ銀行
    • [2]1969年12月、日本興業銀行主導で16社が資本金5億円を出資し株式会社パシフィック・リースを東京で設立
    • [4]1981年11月に商号を興銀リース株式会社へ変更
    • [5]1982年に航空機レバレッジドリースを開始
  • リース事業協会沿革資料
    • [3]リース事業協会は1969年7月に8社で発足

海外進出第一波 ── 英国・タイ・フィリピン

1987年2月、興銀リースは英国にIBJ Leasing (UK) Ltd[6].(現Mizuho Leasing (UK) Ltd.)を設立し、日系企業の欧州進出に伴う設備リース需要を取り込む拠点を整えた。1992年2月にはタイのKrung Thai IBJ Leasing Co., Ltd.の持分を取得し[7]、1998年1月にフィリピンのJapan PNB[8] Leasing and Finance Corporationへの出資を行うなど、東南アジアと欧州に拠点を相次いで設けた。プラザ合意後の円高で日系メーカーがアジア現地生産を広げ、現地法人の機械設備・社用車のリース需要が立ち上がった時期と重なる。興銀リースは興銀の海外現地法人や、合弁先の現地金融機関との二人三脚で参入する手法を採り、自前の海外網を一から構築する道は選ばなかった。

  • みずほリース 有価証券報告書【沿革】
    • [6]1987年2月、英国にIBJ Leasing (UK) Ltd.(現Mizuho Leasing (UK) Ltd.)を設立
    • [7]1992年2月、タイのKrung Thai IBJ Leasing Co., Ltd.の持分を取得
    • [8]1998年1月、フィリピンのJapan PNB Leasing and Finance Corporationへ出資

国内でも事業会社の連結子会社化を進め、1993年12月に八重洲リース(現エムエル・エステート[9])、1996年7月にケイエル・レンタルを設立した[10]。1998年4月の興銀オートリース設立、1999年2月の日産リース株式取得[11]、2000年6月のセゾンオートリースシステムズ(現みずほオートリース)の株式取得と続き、オートリース分野では2002年10月にセゾンオートリースシステムズを存続会社[12]として興銀オートリースを合併させ、自動車関連の連結子会社群をオートリース機能に集約した。多角化というよりも、リース・割賦・オートリースという同心円内のサブ機能を子会社として並列に並べる構造だった。

  • みずほリース 有価証券報告書【沿革】
    • [9]1993年12月、八重洲リース(現エムエル・エステート)を設立
    • [10]1996年7月、ケイエル・レンタルを設立
    • [11]1998年4月の興銀オートリース設立、1999年2月の日産リース株式取得、2000年6月のセゾンオートリースシステムズ(現みずほオートリース)株式取得
    • [12]2002年10月、セゾンオートリースシステムズを存続会社として興銀オートリースを合併
  • みずほリース 有価証券報告書【沿革】
    • [6]1987年2月、英国にIBJ Leasing (UK) Ltd.(現Mizuho Leasing (UK) Ltd.)を設立
    • [7]1992年2月、タイのKrung Thai IBJ Leasing Co., Ltd.の持分を取得
    • [8]1998年1月、フィリピンのJapan PNB Leasing and Finance Corporationへ出資
    • [9]1993年12月、八重洲リース(現エムエル・エステート)を設立
    • [10]1996年7月、ケイエル・レンタルを設立
    • [11]1998年4月の興銀オートリース設立、1999年2月の日産リース株式取得、2000年6月のセゾンオートリースシステムズ(現みずほオートリース)株式取得
    • [12]2002年10月、セゾンオートリースシステムズを存続会社として興銀オートリースを合併

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みずほリースの沿革1969〜2024年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1969〜1989年16社の共同出資で生まれた興銀系総合リース会社パシフィック・リースを設立★★
商号を興銀リースに変更
IBJ Leasing (UK) Ltd. を設立
1990〜2018年上場後の海外深掘りと「興銀リース」最終期Krung Thai IBJ Leasing Co., Ltd.の持分を取得
八重洲リースを設立
ケイエル・レンタルを設立
Japan PNB Leasing and Finance Corporationの持分を取得
興銀オートリースを設立
日産リースの株式を取得
セゾンオートリースシステムズの株式を取得
奥本洋三セゾンオートリースシステムズを存続会社として興銀オートリースと合併★★
奥本洋三東京証券取引所市場第二部に株式を上場
奥本洋三東京証券取引所市場第一部に銘柄指定
奥本洋三丸の内商事を設立
奥本洋三第一リースの株式を取得
阿部勗ケイエル・レンタルを吸収合併
阿部勗興銀融資租賃有限公司を設立
阿部勗PT. IBJ VERENA FINANCEを設立
阿部勗東芝ファイナンスの法人向け金融サービス事業を承継しティーファスを設立★★
大西節日産リースを吸収合併
大西節バミューダに米 Aircastle Limited との合弁で IBJ Air Leasing Limited を設立★★
2019〜2025年みずほFG入りと丸紅資本提携 ── プラットフォームカンパニーへの転換本山博史オートファイナンス事業会社PT. VERENA MULTI FINANCE Tbkの株式を取得
本山博史みずほ銀行との資本業務提携によるみずほFG持分法適用関連会社化と商号変更

2019年2月26日、興銀リースは取締役会でみずほ銀行との資本業務提携と同社を割当先とする第三者割当増資を決議し、同日付で提携契約を締結した。増資と既存株主からの相対取得を通じてみずほフィナンシャルグループがグループ全体で22.2%を保有し、興銀リースは同グループの持分法適用関連会社となった経営判断である。

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★★★
本山博史商号をみずほリースに変更
本山博史丸紅との共同買収による米Aircastleの議決権25%取得

2019年11月、丸紅とみずほリースは米国の航空機リース会社Aircastle Limitedの全株式を共同で取得する契約を発表し、2020年3月に買収を完了した。みずほリースは約672億円を投じて議決権所有割合25%を取得し、Aircastleは丸紅との共同運営会社となった。2016年に合弁相手として組んだ会社を、4年後に丸ごと買い取った取引である。

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★★★
本山博史リコーリースの株式を取得
津原周作みずほキャピタルの株式を取得
津原周作日鉄興和不動産の株式を取得
中村昭ジェコスの株式を取得
中村昭丸紅への第三者割当増資による20%出資の受け入れと丸紅の持分法適用関連会社化

2024年5月14日、みずほリースと丸紅は資本業務提携契約を締結した。丸紅は第三者割当増資の一部引受と既存株主からの取得により、約4%であった出資比率を20%へ引き上げ、投じた額は総額約500億円であった。同年6月の払込完了により、みずほリースはみずほフィナンシャルグループに続いて丸紅の持分法適用関連会社ともなった。

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★★★
出典・参考
  • みずほリース 有価証券報告書【沿革】
  • リース事業協会沿革資料

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