日本興亜損害保険の決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

首位を狙った3社統合が崩れたあと、残る2社だけが合併に進んだ。1998年7月の料率自由化を受け、1999年10月に三井海上火災・日本火災海上・興亜火災海上の3社が経営統合を発表した。実現すれば正味収入保険料で東京海上を上回る規模になるはずだったが、2000年2月に構想は崩れた。2社での合併へ切り替えたのは翌2001年4月で、日本火災海上と興亜火災海上が合併して日本興亜損害保険が発足し、2002年には太陽火災海上保険を加えている。規模という目的が消えたあとも合併を実行したのは、日通系の輸送保険を持つ日本火災と、地銀窓販を持つ興亜火災で地盤が重ならなかったからである。

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