1998年度の正味収入保険料で、日本火災海上保険は6位、興亜火災海上保険は10位であった。2社が一つになっても、業界の上位の顔ぶれは変わらない。三井海上が抜けた時点で、1999年10月に掲げた規模の首位という目的は消えている。それでも松澤建社長と岡本睦治社長が合併を取り下げなかったのは、地銀の窓口を持つ日本火災と、日通の代理店網を抱える興亜火災という、重ならない販売基盤を一つにする理由が別に立っていたからだとみられる。
その理由が市場に伝わるには時間が足りなかった。合併初年度の収入保険料は1%減少し、上期はシステムの不具合と事務の滞りに費やされ、下期には新社名の浸透が課題として残る。周囲が財閥色を強めるなかで、系列に属さない会社であるという訴えは届きにくく、2002年3月期は311億円の経常損失を計上した。規模を目的にしない合併が成り立つかどうかは、合併初年度の数字だけでは決まらなかった。