統合比率よりも先に固まっていたのは、統合後に誰が何を決めるかであった。コニカは統合の4カ月前に純粋持株会社へ移り、2カ月前には委員会等設置会社へ移って、3委員会をすべて社外取締役が過半数を占める構成にしている。旧コニカ・旧ミノルタ・社外を4名ずつに割った取締役会は、どちらが飲み込んだかを議論の外へ置くための設計だったのだろう。人事制度を両社のいいとこ取りにせず一から作り直したのも、同じ考え方の延長にある。
ただ、統治の形を先に決めたため、事業の取捨は後回しになった。両事業から撤退したのは3年後で、その代価は2,243名の削減と1,054億円の特別損失であった。統合の時点で切れなかったものが、統合後により高い値段で切られたことになる。もっとも、祖業を抱えたままでなければ両社が合意に至れたかどうかは分からない。撤退する決定を先送りしたことが、統合そのものを成立させた条件だった可能性は残る。