4年で社長が3人替わった事実を、招いた個人の資質に帰すと事態を見誤る。売上と従業員の8割が海外にある会社で、その規模の執行を担える人材は社内に育っていなかった。買収前の海外拠点がマレーシア1か所という状態で国際事業の人材だけが厚いはずもなく、外国人に執行を委ねる以外の選択肢は実際になかったのだろう。買収後の取締役と従業員の大半はピルキントン出身者で、日本板硝子のプロパー社員は約20%の少数派であった。買った会社が降りて買われた会社から社長を出したのは、その構成をそのまま人事に映した結果であった。
もっとも、委ねる相手を選ぶ力と、選んだ相手を替える仕組みは、この会社では釣り合っていなかった。指名委員会は業績が傾いたときに社長を替える機能としては働き、2012年に中期経営計画を見直してネイラー社長を孤立させている。一方でチェンバース社長の1年余りでの退任は、譴責もないまま受け入れられた。買収で組織の規模は2倍を超えても、それを動かす人材の層が同じ速さで厚くなるわけではない。誤算は欧州需要の読み違いだけでなく、この時間差にもあったといえる。