決断
技術も資金も外から借り、最後は経営そのものを預けてきた。1959年にピルキントン社がフロート法を発表した1週間後には技術供与を打診し、1964年3月にロンドンで契約を調印して、1965年11月に舞鶴工場で東洋初のフロート板ガラスを取り出した。設備は地震対策と連続方向転換装置を足して国内向けに作り替えている。1990年に同社の子会社LOFの株式20%を、2000年と2001年にピルキントン本体の株式を10%・20%と買い進み、2006年6月に総額6,160億円を投じて英ピルキントンを完全子会社とした。売上高は2006年3月期の2,659億円から2008年3月期の8,656億円へ、従業員は12,736人から35,811人へ増えた。2008年5月には買収先出身の外国人社長を起用して委員会設置会社へ移行した。
2026年3月 アポロ出資で非公開化
有利子負債と親会社所有者帰属持分比率2025 2026 有利子負債(億円) 5,227 5,472 親会社の所有者に帰属する持分率(%) 10.5 13.5 2008年5月 スチュアート・チェンバース氏が社長就任
スチュアート・チェンバース氏が社長就任買収により売上・従業員の8割が海外となり執行を担える人材が国内に不在だったため、買収先出身者と外部招聘で外国人社長を2代続けて起用し、委員会設置会社への移行で任命権を指名委員会に委ねた経営体制の判断同じ経営論点に直面した企業 | 経営体制・承継業績の推移2007 2008 2013 売上高(億円) 6,815 8,656 5,213 純利益率(%) 1.8 5.8 -6.6 2006年2月 英ピルキントンの完全子会社化