2008年2020年2026年
- 創業
- 1918年11月、シカゴ大学を出て島商店に入った杉田與三郎氏が、米リビー・オーエンス社の製法特許を現物出資で受け入れて日米板硝子を興した。だが創業4年で戦後不況に行き詰まり、1922年8月に資金と経営の一切を住友本社へ預けている。創業者が社長を務め続けた記録は名簿に残らず、以後の社長は住友が送り込む人事に移った。
- 登用
- 直近20年の6人のうち生え抜きは3人にとどまる。2008年からの2代は、買収した相手であるピルキントン社の最高経営責任者スチュアート・チェンバース氏と、デュポンで35年を過ごしたクレイグ・ネイラー氏が続けて就いた。2023年就任の細沼宗浩氏も設計事務所と外資を経て、入社5年で上がっている。
- 任期
- 最長は1943年12月に住友総本店から出向して社長へ就いた中村文夫氏の18年で、住友本社が経営を引き受けた体制がそのまま長期政権になったと思われる。以後は3年から8年に収まり、直近3代は3年、8年、就任4年目である。8年を務めた森重樹氏はピルキントン買収の負債を抱えたまま任期を終えた。
- 含意
- 技術も資金も経営者も外から借りてきた会社である。創業4年で住友本社へ経営を預け、社長は住友総本店と住友化学工業から迎え、買収した相手のピルキントン社とデュポンからも迎えた。生え抜きが継ぐ代と外から入れる代が交互に来る形で、社内に後継の系統が育ちにくい構造のように見える。
| 氏名 | 社長在任期間 退任年は推定 | 在任年数 推定 | 状況 | 出自 | 役職 | 在任中の決断 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 中村文夫 | 1943〜1962年 | 18年 | 退任 | 外部出身 | 社長 | |
| 渡辺逸郎 | 1962〜1968年 | 7年 | 退任 | 生え抜き | 取締役社長 | |
| 滝本清八郎 | 1968〜1971年 | 3年 | 退任 | 生え抜き | 社長 | |
| 川瀬二郎 | 1971〜1976年 | 5年 | 退任 | 生え抜き | 取締役社長 | |
| 菅沼俊彦 | 1976〜2004年 | 28年 | 退任 | — | 代表取締役社長 | |
| 藤本勝司 | 2004〜2008年 | 4年 | 退任 | 生え抜き | 取締役 社長執行役員 | 決断2006年英ピルキントンの完全子会社化と総額6160億円の資金投入 |
| スチュアート・チェンバース | 2008〜2010年 | 2年 | 退任 | — | 取締役 代表執行役 社長兼CEO | 決断2008年買収先出身者と外部招聘による外国人社長2代の起用と委員会設置会社への移行 |
| クレイグ・ネイラー | 2010〜2012年 | 2年 | 退任 | — | 取締役代表執行役社長兼CEO | |
| 吉川恵治 | 2012〜2015年 | 3年 | 退任 | 生え抜き | 代表執行役社長兼CEO | |
| 森重樹 | 2015〜2023年 | 8年 | 退任 | 生え抜き | 代表執行役社長兼CEO | |
| 細沼宗浩 | 2023年〜現任 | 4年 | 現任 | — | 代表執行役社長兼CEO | 決断2026年アポロ・ファンドからの1650億円出資受け入れと株式併合による非公開化 |
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