日本板硝子 の歴代社長

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2008年2020年2026年
取締役 代表執行役 社長兼CEO

クレイグ・ネイラー退任

2010年社長就任

取締役代表執行役社長兼CEO

吉川恵治退任

2012年社長就任

2008年取締役代表執行役社長兼CEO

森重樹退任

2015年社長就任

2012年執行役員代表執行役社長兼CEO

細沼宗浩現任

2023年社長就任

2018年入社2022年取締役代表執行役社長兼CEO
創業
1918年11月、シカゴ大学を出て島商店に入った杉田與三郎氏が、米リビー・オーエンス社の製法特許を現物出資で受け入れて日米板硝子を興した。だが創業4年で戦後不況に行き詰まり、1922年8月に資金と経営の一切を住友本社へ預けている。創業者が社長を務め続けた記録は名簿に残らず、以後の社長は住友が送り込む人事に移った。
登用
直近20年の6人のうち生え抜きは3人にとどまる。2008年からの2代は、買収した相手であるピルキントン社の最高経営責任者スチュアート・チェンバース氏と、デュポンで35年を過ごしたクレイグ・ネイラー氏が続けて就いた。2023年就任の細沼宗浩氏も設計事務所と外資を経て、入社5年で上がっている。
任期
最長は1943年12月に住友総本店から出向して社長へ就いた中村文夫氏の18年で、住友本社が経営を引き受けた体制がそのまま長期政権になったと思われる。以後は3年から8年に収まり、直近3代は3年、8年、就任4年目である。8年を務めた森重樹氏はピルキントン買収の負債を抱えたまま任期を終えた。
含意
技術も資金も経営者も外から借りてきた会社である。創業4年で住友本社へ経営を預け、社長は住友総本店と住友化学工業から迎え、買収した相手のピルキントン社とデュポンからも迎えた。生え抜きが継ぐ代と外から入れる代が交互に来る形で、社内に後継の系統が育ちにくい構造のように見える。
氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断
中村文夫1943〜1962年18年退任外部出身社長
渡辺逸郎1962〜1968年7年退任生え抜き取締役社長
滝本清八郎1968〜1971年3年退任生え抜き社長
川瀬二郎1971〜1976年5年退任生え抜き取締役社長
菅沼俊彦1976〜2004年28年退任代表取締役社長
藤本勝司2004〜2008年4年退任生え抜き取締役 社長執行役員決断2006年英ピルキントンの完全子会社化と総額6160億円の資金投入
スチュアート・チェンバース2008〜2010年2年退任取締役 代表執行役 社長兼CEO決断2008年買収先出身者と外部招聘による外国人社長2代の起用と委員会設置会社への移行
クレイグ・ネイラー2010〜2012年2年退任取締役代表執行役社長兼CEO
吉川恵治2012〜2015年3年退任生え抜き代表執行役社長兼CEO
森重樹2015〜2023年8年退任生え抜き代表執行役社長兼CEO
細沼宗浩2023年〜現任4年現任代表執行役社長兼CEO決断2026年アポロ・ファンドからの1650億円出資受け入れと株式併合による非公開化
1943年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

中村文夫退任

1943年社長就任

社長

渡辺逸郎退任

1962年社長就任

1946年取締役取締役社長

滝本清八郎退任

1968年社長就任

1951年取締役

川瀬二郎退任

1971年社長就任

1962年取締役取締役社長

菅沼俊彦退任

1976年社長就任

代表取締役社長

藤本勝司退任

2004年社長就任

1968年入社1998年取締役1999年執行役員
2006年入社2007年執行役員

クレイグ・ネイラー退任

2010年社長就任

吉川恵治退任

2012年社長就任

1973年入社2004年執行役員2008年取締役

森重樹退任

2015年社長就任

1981年入社2005年取締役2012年執行役員代表執行役社長兼CEO

細沼宗浩現任

2023年社長就任

2018年入社2022年取締役

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