- 創業
- 1907年、三菱財閥2代目当主の次男である岩崎俊弥氏が旭硝子を設立し、1930年に50歳で死去するまで23年間社長を務めた。創業家の社長はここで途切れ、以後は出ていない。1944年に三菱化成工業へ吸収されて社名が消え、1950年6月に旭硝子として再発足したときの初代社長は渡辺喜市氏である。
- 登用
- 直近20年の4代はいずれも新卒入社のプロパーで、外から招いた社長は1950年の再発足以降確認できない。出身はディスプレイ、エレクトロニクス、化学品、技術開発と毎回入れ替わり、同じ畑が二代続かない。入社から就任までは29年から39年で、石村和彦氏だけが取締役を経ず事業本部長から社長へ上がった。
- 任期
- 10年を超えたのは、再発足直後から15年半を務めた森本貫一氏だけである。公職追放から復帰した経営者に建て直しを託した結果と思われ、この間にブラウン管ガラス・自動車ガラス・フッ素化学品が出そろった。直近3代は約7年、6年、2021年1月から6年目とそろい、3年の中期経営計画を2本任せる建て付けに見える。
- 含意
- CEOの職は社長に固定されていない。2008年から2010年までは会長の門松正宏氏がCEO、石村和彦氏は社長COOだった。取締役10名のうち6名が社外で、議長も指名委員長も社外が務める。ただし2003年設置の指名委員会は任意の諮問機関で、委員4名には現職の平井良典氏が入っている。
1950〜1950年・1年
1951〜1966年・16年/生え抜き
1967〜1971年・5年/生え抜き
1972〜1979年・8年/生え抜き
1980〜1985年・6年/生え抜き
1986〜1990年・5年/生え抜き
1991〜1996年・6年/生え抜き
1997〜2002年・6年/生え抜き
2003〜2006年・4年/生え抜き
2007〜2013年・7年/生え抜き
2014〜2019年・6年/生え抜き
平井良典現任
2020年〜現在・7年/生え抜き
平井良典
ひらい よしのり
生え抜き(1987年入社)。素材の研究開発から技術畑を歩み、CTOから社長CEOへ
島村琢哉
しまむら たくや
生え抜き(1980年入社)。化学品カンパニー・電子カンパニーのプレジデントを歴任して社長へ
石村和彦
いしむら かずひこ
生え抜き(1979年入社)。エレクトロニクス事業畑を歩み、社長執行役員COOを経てCEOへ
門松正宏
かどまつ まさひろ
生え抜き(1965年入社)。管球硝子・ディスプレイ事業畑を歩み、ディスプレイカンパニープレジデントから社長へ
石津進也
いしづ しんや
生え抜き(1962年入社)。資材畑を歩み、社長室長として改革運動を指揮。取締役就任から4年での社長昇格だった
瀬谷博道
せや ひろみち
生え抜き(1954年入社)。営業畑出身の社長が続いた後を継いだ技術畑の社長
古本次郎
ふるもと じろう
生え抜き(1940年入社)。副社長から社長へ
坂部武夫
さかべ たけお
生え抜き(1943年入社)。次期社長候補の専務5人のうち最年少で、専務就任1年での社長昇格だった
山下秀明
やました ひであき
生え抜き(1932年入社)。専務取締役から社長へ
倉田元治
くらた もとはる
生え抜き(1925年入社)。窯業技術者として入社し、副社長から社長へ
森本貫一
もりもと かんいち
生え抜き(1915年入社)。三菱化成工業社長のときに公職追放となり、復帰後は旭硝子会長を経て社長へ
1950年6月、企業再建整備法により三菱化成工業から分離して新発足した旭硝子の初代社長