倉田元治

AGC・元取締役社長

Kurata Motoharu(敬称略)

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社長就任 1967年8月
生年月日 —
学歴 東京高等工業学校窯業科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1925年3月に東京高等工業学校を出て旭硝子へ入り、1945年12月に三菱化成工業の尼崎工場長を務めた。1950年6月に常務取締役となり、1959年3月から管理・技術・経理を、1961年4月からガラス事業と炉材事業を担当した。窯業の技術者として工場と製造部門を歩み、1962年11月に紫綬褒章を受けている。

社長に選ばれた経緯
抜擢

1963年8月に取締役副社長へ進み、1967年8月に森本貫一氏の後任として社長に就任した。森本氏は同じ月に取締役会長へ移っている。副社長の4年間に岩城硝子(1965年9月)と旭ファイバーグラス(1967年2月)の取締役社長を兼ね、関係会社を統括する役回りにあった。同時期の常務には1932年入社の村上正夫氏らが並び、1925年入社の倉田氏は役員の世代の先頭にいた。

在任中の主な施策
施策

在任の約6年で国内外に生産拠点を足した。1970年に愛知工場、1972年に相模事業所を新設し、同じ1972年にインドネシアで PT Asahimas Flat Glass を設立した。単体売上高は1970年12月期の1374億円から1972年12月期の1638億円へ伸びた。1973年2月に山下秀明氏へ社長を渡し、取締役会長に就任した。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1925〜1973年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 3件

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