AGCの決断社史:経営の意思決定を振り返る

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決断

ガラスの窯を焚くために作った副資材が、そのまま別の事業になった。1916年の耐火煉瓦はガラス溶解窯の構造材、1917年のソーダ灰はガラスの主原料として始めた内製であり、この二つがセラミックスと化学品の入口になった。1964年にフッ素化学品の生産に入り、1965年にはタイ旭苛性曹達を設立してアジアで化学品を作り始めている。1980年11月には研究開発を長期の事業創出へ振り向ける多角化を掲げた。1994年4月には疑似分社制を入れて事業部へ権限と責任を移管した。2016年から2020年にかけてはドイツのバイオミーバ、デンマークと米国に拠点を持つCMC Biologics、イタリアのMolecular Medicineを相次いで取得してバイオ医薬品の開発製造受託へ広げ、2018年には111年使った旭硝子の社名をAGCへ変更した。

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