森本貫一

AGC・元取締役社長

Morimoto Kanichi(敬称略)

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社長就任 1952年2月
生年月日 —
学歴 九州帝国大学工科大学応用化学科
出自 —
社長就任までの出自
出自

1915年7月に九州帝国大学工科大学を出て旭硝子に入り、1940年5月に常務取締役となった。1944年5月に三菱化成工業の常務取締役へ移り、1946年3月には同社の取締役社長に就任した。旭硝子は1950年1月、企業再建整備法によって三菱化成工業が3分割されて再発足し株式を上場した会社であり、森本氏は分割前の本体を率いていた立場にあたる。

社長に選ばれた経緯
抜擢

再発足の翌年にあたる1951年2月に取締役会長、さらに翌1952年2月に取締役社長へ就任した。前任は渡辺喜市氏である。分割前の三菱化成工業を率いた経営者が、分割後の旭硝子を会長・社長として続けて引き継いだことになる。社長就任後は三菱セメント(1954年2月)、三菱油化(1956年4月)の取締役を兼ね、三菱系各社をつなぐ位置に立った。

在任中の主な施策
施策

在任の15年で板ガラス以外の製品を次々に立ち上げた。1954年にブラウン管用ガラス、1956年に自動車ガラスの生産を開始し、1959年に千葉工場、1965年に羽沢研究所を新設した。1964年にはフッ素化学品の生産とタイ旭硝子社の設立、1965年にはタイ旭苛性曹達社の設立でアジアでの化学品生産に入った。1956年11月には旭ファイバーグラスの取締役社長を兼ねている。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1915〜1967年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献 2件

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