渡辺逸郎
日本板硝子・元取締役社長
(敬称略) 生年月日 —
学歴 神戸高等商業学校
出自 —
- 出自
- 1901年に生まれ、1923年に神戸高等商業学校を出た。1938年3月に岩井商店へ入り、同年9月に日本板硝子へ移っている。1945年2月に総務部長、1946年5月に取締役、同年12月に常務取締役、1948年12月に専務取締役へ進み、戦後の3年で役員の職位を駆け上がった。入社から社長就任までは24年を数える。
- 抜擢
- 1962年5月、中村文夫氏の後任として社長に就いた。中村文夫氏は同じ月に取締役会長へ移り、1968年まで代表取締役として在任した。就任前年度にあたる1962年3月期の単体売上高は179億円で、1960年3月期の133億円から2年で35%増えていた。専務取締役を14年務めた人物への引き継ぎだった。
- 施策
- 在任6年6か月のうちに、1964年に千葉工場を設け、1965年には舞鶴工場へ東洋で初めてフロート方式のガラス製造設備を入れた。単体売上高は就任前年度の1962年3月期179億円から、退任年度の1968年3月期312億円へ74%増えた。1968年11月に取締役会長へ移り、滝本清八郎氏へ社長を渡した。
- 評価
- 執筆予定
就任前(FY61)179億円
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-
参考文献経歴・学歴・出身地の裏づけに当たった資料
- 日本企業要覧 1965年版 生年・学歴・経歴
- 日本企業要覧 1970年版 経歴
- 日本企業要覧 1971年版 経歴
- 渡邊逸郎追悼集(日本板硝子, 1992)国立国会図書館サーチ 書誌 読み