セイコーエプソンの決断社史:経営の意思決定を振り返る

更新:

決断

時計の精密加工をプリンターへ移して世界首位となり、それ以外から撤退しきるまでに数十年を要した。1968年、五輪の計時装置に付けた印字機をミニプリンターとして事業化し、時計と無縁な事務機へ用途を移した。1980年のパソコン用プリンター"MP-80"でEPSONブランドは世界市場の約7割を確保した。他社の設計に合わせたパソコンは1991年3月期の初の減収減益を招き、1993年に98互換機から撤退した。復調はキヤノンの特許を避けたピエゾ方式インクジェットで、1996年末の"PM-700C"は後継機を含めて国内シェア55%に達した。2003年に電子デバイス事業を縮小する基準を掲げながら、中小型液晶の譲渡は2010年、眼鏡レンズは2013年まで持ち越された。時計から移した印字の精度が、撤退の遅さを埋めるだけの収益を生み続けた。

免責事項およびポリシー