ミノルタの歴史

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沿革

1928年に田嶋一雄氏が兵庫県鳴尾村で創業した日独写真機商店が起源。

1985年に世界初の実用オートフォーカス一眼レフ「α-7000」を発売し、1989年にはキヤノンから国内一眼レフの首位を奪回した。カメラと事務用複写機の光学機器メーカーで、2003年にコニカと経営統合した。

1931年1937年1953年1962年1994年2003年2026年モルタ1931年個人経営を法人化千代田光学精工1937年商号変更株式上場1953年上場ミノルタカメラ1962年商号変更ミノルタ1994年商号変更コニカミノルタHD2003年コニカと経営統合コニカ2003年合流
ミノルタ
歴代社長と長期業績(敬称略)
1985年3月期
単体
売上高
1,504億円
売上高純利益率
2.7%
出所:会社年鑑(1986年版)
田嶋一雄田嶋英雄金谷太田
売上高489億円売上高1,504億円純利益率2%純利益率2.7%1957/31960/31965/31970/31975/31980/31985/31990/31995/32000/32005/32010/32015/32020/32025/32030/3
  1. 田嶋一雄氏の創業[1]技術・R&D起点の攻勢
  2. 第一号機「ニフカレッテ」を一台20円で発売[1]
  3. 一カ月に及ぶストライキが起こり、従業員をいったん全員解雇[2]
  4. 個人経営を改めモルタを設立[2]
  5. 速写型カメラに「ミノルタ」の名を冠す[1]
  6. 千代田光学精工に商号変更[1]商号変更
  7. 国産初の二眼レフカメラ「ミノルタフレックス」を発売[2]
  8. 海軍向け七倍五十ミリ双眼鏡の生産を堺工場で開始[2]
  9. 空襲で武庫川・小松・尼崎の三工場を焼失[2]
  10. GHQから民需産業への転換許可[3]
第1章ドイツ人技術者2人と興した日独写真機商店と、1台20円のニフカレッテ
売上高
  • 売上高
ミノルタ売上高—
就任年社長氏名役職名
  1. 新体制で生産を開始[3]
  2. 豊川市に新分工場を建設[4]
  3. 9割減資[5]
  4. 堺工場内に恒温恒湿のレンズ研磨工場を新設[5]
  5. 株式を新規上場(資本金1億4,000万円・従業員約1,000人)[6]上場
  6. 米国市場の開拓のため輸出課員をニューヨークへ派遣[3]
  7. FR社と販売代理店契約を締結[2]
  8. 三十二年不況を受け、「光を中心に」という条件を付けて多角化の検討を指令[2]
  9. 三十二年不況で初の無配に転落[2]
  10. 全米向け販売会社ミノルタ・コーポレーションをニューヨークに設立[3]
  11. 事務機分野に参入[2]
  12. 「ミノルタハイマチック」が米宇宙船フレンドシップ7号に搭載[3]
  13. ミノルタカメラに商号変更[2]商号変更
第2章海軍艦政本部の500万円と9割減資、資本金1億4,000万円での新規上場
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
ミノルタ1962年3月期売上高49.45億円売上高経常利益率6.2%
就任年社長氏名役職名
  1. 一眼レフへの転換の遅れで二年連続の無配[2]
  2. 一眼レフの好調で四十年不況を脱却[2]
  3. 全米で小売店向けの直販体制に移行[2]
  4. 西独ライツ社と技術相互協力契約を締結(翌年「ライツ・ミノルタCL」を発売)[2]
  5. 写真機の国内販売体制を強化するためミノルタカメラ販売を発足[7]創業
  6. 独自の現像システムを開発[2]
  7. 普通紙複写機の分野に本格参入[2]
  8. 田嶋英雄氏が社長に就任[8]社長交代
第3章中級機への傾斜と高級一眼レフの遅れ、1965年の2年連続無配と大手12社の不況カルテル
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
ミノルタ1984年3月期売上高1,333.62億円売上高経常利益率4.9%
就任年社長氏名役職名
1982年田嶋英雄代表取締役社長
転換期

1985年〜「α-7000」の発売とコニカとの経営統合

  1. α-7000の発売[9][10]技術・R&D起点の攻勢
  2. 創業者・田嶋一雄が死去[2]
  3. α-7000の販売で経常利益122億円・純利益110億円と当時の過去最高を記録[9][10]
  4. ハネウェルからオートフォーカス特許の侵害で提訴[11]
  5. ハネウェルとの特許和解[11][12]外的危機への対応
  6. 金谷宰氏が社長に就任[13]社長交代
  7. ミノルタに商号変更[14][15]商号変更
  8. 売上高3,011億円・経常利益129億円といずれも当時の過去最高を計上[13]
  9. 繰越損失215億円・有利子負債2,500億円弱を計上[16]
  10. ミノルタとの経営統合[1]合併・経営統合
売上高経常利益率
  • 売上高
  • 経常利益率
ミノルタ1985年3月期売上高1,504.32億円売上高経常利益率4.8%
就任年社長氏名役職名
1982年田嶋英雄代表取締役社長
1993年金谷宰代表取締役社長
1999年太田義勝代表取締役社長
出典・参考16件
出典・参考
  • [1]企業の歴史 : 明治百年(経済春秋社編「ミノルタカメラ」の項)(1968年)
  • [2]田嶋一雄『私の履歴書』(日本経済新聞社, 1986)
  • [3]私の履歴書 経済人21(日本経済新聞社「田嶋一雄」)(1983年)
  • [4]『会社銀行八十年史』第二篇 日本会社史「千代田光学精工」(1955年)
  • [5]証券「千代田光学精工株式会社(新規上場会社紹介)」(1953年)
  • [6]証券(1953年)「千代田光学精工株式会社」
  • [7]日本企業要覧版「ミノルタカメラ」(1981年)
  • [8]私の履歴書 田嶋一雄(日本経済新聞)(1983年)
  • [9]日経ビジネス「ヒット商品があぶり出す“隠れ大衆”市場
  • [10]ミノルタカメラ「α-7000」中高年を走らせた高性能」(1985年7月8日)
  • [11]日経ビジネス 1992年4月6日号「敗軍の将、兵を語る 田嶋英雄氏」
  • [12]同 1994年3月28日号「ミノルタ、総崩れからの追撃」
  • [13]日経ビジネス 1999年1月4日号「ミノルタカメラでの成功を捨て切る」
  • [14]日経ビジネス「誤算の研究 ミノルタカメラ 開発分散、実らぬ新分野
  • [15]一眼レフ固執に敗訴打撃」(1992年3月2日)
  • [16]日経ビジネス 2001年12月24日号「株価急落のミノルタ 悪循環に陥る債務過多企業」

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