日立精機の歴史

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沿革

1936年に鮎川義介氏と村上正輔氏が工作機械の国産化を目指して東京・渋谷に設立した国産精機が起源。

1937年に国産初のタレット旋盤を、1958年に国産初のNCフライス盤を完成させた。1991年3月期に売上高604億円に達した工作機械の大手だったが、2002年に事業を森精機興産へ譲渡した。

  1. 工作機械の製造販売を目的に国産精機を設立[2]
  2. 国産初のタレット旋盤を完成[2]
  3. 日立工作機と篠原機械製作所を吸収合併し日立精機に商号変更商号変更
  4. 我孫子工場が竣工[2]
  5. 川崎工場を日立製作所に移管[8]
第1章「渋谷で村上正輔氏が興した国産精機と、国産初のタレット旋盤」を読む
日立精機売上高—
安定成長期

1953年〜東証上場と国産初のNCフライス盤の完成

  1. 東京証券取引所に上場上場
  2. 国産最大のトランスファマシンを完成[2]
  3. 国産初のNCフライス盤を完成[2]
  4. ギルデマイスター社と多軸自動盤で技術提携[2]
  5. 技術研究所が竣工[2]
  6. 日立精機USAを設立[2]
  7. 6MB・6MEマシニングセンタを完成[2]
  8. DNCシステム501を完成[2]
日立精機1972年3月期売上高136.95億円売上高当期純利益率5.3%
就任年社長氏名役職名
1955年市川政章代表取締役社長(上場会社総覧1956年版の役員欄で在任を確認・就任年は不詳)
1970年清三郎代表取締役社長(会社年鑑1971年版の役員欄で在任を確認・就任年は不詳)
安定成長期

1973年〜アラバマ州の生産拠点建設と売上高604億円の過去最高

  1. 浜井産業に1MPフライス盤の製造権を委譲[2]
  2. 我孫子新組立工場が竣工[2]
  3. FMS112・113・114を開発して設置[2]
  4. シンシナティ社とNK20 NC旋盤のOEM契約[2]
  5. 本社を我孫子工場に移転
  6. アラバマ州に米国第2の生産拠点を建設[2]
  7. 売上高が過去最高の604億円に到達[9]
日立精機1985年3月期売上高411.76億円売上高経常利益率2.8%
就任年社長氏名役職名
1970年清三郎代表取締役社長(会社年鑑1971年版の役員欄で在任を確認・就任年は不詳)
1975年白土暁代表取締役社長(会社年鑑1976年版の役員欄で在任を確認・就任年は不詳)
1985年出川金六代表取締役社長(会社年鑑1986年版の役員欄で在任を確認・就任年は不詳)
低迷期

1992年〜4期連続の欠損と民事再生手続による上場廃止

  1. クロックナー社と生産合弁会社HSDを設立[2]
  2. NC装置ラムダ・シグママルチを完成[2]
  3. 4期連続の欠損[9]
  4. 東京地方裁判所に民事再生手続開始を申請[9]
  5. 工作機械事業を森精機興産に営業譲渡[1]
  6. 汎用フライス盤事業をエツキに譲渡[10]
  7. 従業員全員を解雇
  8. 東京・大阪・名古屋の各証券取引所で上場廃止[11]上場廃止
日立精機売上高—
就任年社長氏名役職名
1985年出川金六代表取締役社長(会社年鑑1986年版の役員欄で在任を確認・就任年は不詳)
2001年前田勝信代表取締役社長(2001年時点の在任を確認・就任年は不詳)
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出典・参考 11件
出典・参考
  • [1]DMG森精機 有価証券報告書
  • [2]日立精機「60年史」
  • [3]会社銀行八十年史 1955「日立精機」
  • [4]企業の歴史 明治百年 1968「日立精機」
  • [5]ポケット社史 1971『日立精機 省力化のシステムデザイナー』
  • [6]経済時代 18(5) 1953
  • [7]証券 1954
  • [8]SME東京支部「日本の工作機械を築いた人々」
  • [9]帝国データバンク倒産速報
  • [10]nippon-kosaku.com「日立精機」
  • [11]日本取引所グループ 上場廃止銘柄一覧

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