牧野フライス製作所 の歴史

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創業 1937年
創業者 牧野常造
創業地 東京都目黒区中根
創業 一番型の立フライス盤は、当時国内に作り手がなく、必要な台数はすべて輸入でまかなわ
一番型の立フライス盤は、当時国内に作り手がなく、必要な台数はすべて輸入でまかなわれていた。牧野常造氏は一番立フライス盤を最初の製品に据え、1937年5月、数え年35歳で独立して、東京・目黒区中根の現本社所在地に牧野商店製作部を個人で創業した。1942年3月には牧野竪フライス製作所と名を改め、清水正利氏が経営に加わった。戦後は新品を作るよりも、戦災を逃れた中古機を修理し復原する仕事を中心に据え、自社をリビルト・メーカーと称した。1951年5月に資本金300万円で株式会社へ改組し、1961年4月に現在の商号へ改めた。
決断 1974年に社長となった清水正利氏は、輸出の目標を売上高の30%に置き、その水準
1974年に社長となった清水正利氏は、輸出の目標を売上高の30%に置き、その水準を上回る需要が見込めるなら現地生産に切り替えるという原則を打ち出した。つまり、輸出が3割を超えた先は現地で作る腹づもりだった。1975年2月の米国でのMAKINO U.S.A. INC.設立に続き、1977年には西独メーカーからの求めに応じて技術供与契約を結んだが、先進工業国へ日本から工作機械の技術を輸出した例はこれが初めてだった。1978年10月にはその西独ハイデンライヒアンドハーベック社に出資し、1981年9月には米国のレブロンド社を買い取って、それまで輸出で応じていた需要を買収先の工場に担わせた。こうして、輸出に天井を設けた原則は、その後の海外展開を販売網の拡大ではなく現地企業の買収という形に定めることになった。
現況 機械を売る先も作る場所も国外へ移り、日本は最大の市場ではない。2026年3月期の
機械を売る先も作る場所も国外へ移り、日本は最大の市場ではない。2026年3月期の連結売上高2,611億円は、中国950億円、アメリカ合衆国656億円、その他アジア336億円、日本343億円、ヨーロッパ199億円で構成され、海外が87%を占める。営業利益250億円と当期純利益209億円はいずれも過去最高。報告セグメントは担当会社ごとに分かれ、MAKINO ASIA PTE LTDが中国とASEAN、MAKINO INC.が南北アメリカ、MAKINO Europe GmbHがヨーロッパを受け持つ。2025年6月3日にはMMホールディングスによる公開買付けへ賛同を表明したが、この会社が上場に残ったのは、翌2026年4月に公開買付者が外為法に基づく中止の勧告を受けたからである。
競合 全機種を合わせた順位は低く、絞った機種の中でだけ首位に立った。1963年の全国工
全機種を合わせた順位は低く、絞った機種の中でだけ首位に立った。1963年の全国工作機械生産高でみた市場占有率は2.3%で第8位にとどまったが、機種別には立フライス13%、治具中ぐり46%、ならい・形彫70%を占めた。万能工具研削盤を国内で作るのは、1985年3月の時点でもツガミツガミと2社だけである。同じ年の資本金51億6,047万円は工作機械の専門メーカーとして日立精機日立精機と並ぶ規模で、従業員は約900人にとどまった。牧野常造会長は高精度の機械だけを作る方針を保ち、同じ機械を月に何百台と出すのではなく、本体は共通のまま周辺の装備を顧客ごとに付ける売り方をとる。量を出さない売り方を選んだことが、国内売上の6割弱を金型業界という一つの需要先に寄せた。
長期業績の推移 1950〜2026年
牧野フライス製作所:長期業績の推移(売上高・利益率)売上高(億円)純利益率(%)
2002年3月期〜2026年3月期

第1章 1937-1955 (気が向いたら執筆します!) 輸入頼みだった一番立フライス盤に絞った個人創業

第2章 1956-1974 (気が向いたら執筆します!) 稲葉清右衛門氏と組んだ数値制御と、金型業界という需要先の発見

第3章 1975-2000 (気が向いたら執筆します!) 輸出30%を超えたら現地で生産するという方針とレブロンド社買収

第4章 2001-2026 (気が向いたら執筆します!) PBR1倍割れが呼んだ買収提案と、外為法が残した上場

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歴史年表 1937〜2026年

牧野フライス製作所の沿革1937〜2026年における主な出来事を抜粋

時代年月社長・CEO出来事重要度
1937〜1955年輸入頼みだった一番立フライス盤に絞った個人創業牧野常造が立フライス盤の専門メーカー牧野商店製作部を創業★★★
牧野竪フライス製作所に商号変更★★
清水正利が経営に参加★
株式会社組織に改組(資本金300万円)★★
超精密万能工具研削盤を開発★
1956〜1974年稲葉清右衛門氏と組んだ数値制御と、金型業界という需要先の発見一番タレット形立フライス盤Kシリーズを開発★
わが国最初の磁気テープによる数値制御立フライス盤を開発★★★
牧野フライス製作所に商号変更★★
東京証券取引所第二部に上場(資本金2億円)★
マシニングセンタの国産第一号機を開発★★★
神奈川県愛甲郡に厚木工場を建設★
東京証券取引所第一部および大阪証券取引所第一部に上場★
適応制御マシニングセンタによるトランスファラインを開発★
1975〜2000年輸出30%を超えたら現地で生産するという方針とレブロンド社買収米国に子会社MAKINO U.S.A. INC.を設立★
放電加工機の開発・生産・販売を開始★★★
西独のハイデンライヒアンドハーベック社に資本参加★★
池貝機械工業に資本参加★
放電加工機のNC化を完了★
米国レブロンド社を買収★★★
厚木事業所のFMS工場が稼動を開始★
牧野二郎モジュールMMCを開発★
牧野二郎山梨県南都留郡に富士勝山工場を建設★
牧野二郎レブロンド・マキノ・アジア社を子会社化★★
牧野二郎GI制御・スーパーGI制御を開発★
牧野二郎高速大型5軸マシニングセンタMAGシリーズを開発★
2001〜2026年PBR1倍割れが呼んだ買収提案と、外為法が残した上場牧野二郎インドにMAKINO INDIA PRIVATE LIMITEDを設立★
牧野二郎中国に牧野机床(中国)有限公司を設立★
牧野二郎シンガポールにR&Dセンタを開設★
牧野二郎山梨県富士吉田市に富士吉田工場を建設★
井上真一レーザ加工機LB300およびLB500を開発★★
井上真一プライム市場に移行★
宮崎正太郎インドのコインバトールに治具工場を建設★
宮崎正太郎外部から買収提案を受ける★★
宮崎正太郎買収提案を検討する特別委員会を設置★
宮崎正太郎MMホールディングスによる公開買付けに賛同を表明し公開買付契約を締結★★
宮崎正太郎公開買付けの不実施で閉ざされた出口に、当初買付価格での自己株式取得を求めた提案とその拒絶

2026年6月23日の第87回定時株主総会で、株主1名が発行済株式総数の1%にあたる248,938株、総額29億2527万438円を上限とする自己株式取得を求めた。取得価格は1株11,751円で、MMホールディングス株式会社が予定していた公開買付価格と同額である。取締役会は反対を表明し、議案は賛成率7.01%で否決された。同じ総会で会社提案の剰余金処分と取締役10名選任はいずれも可決している。

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宮崎正太郎外為法に基づく中止勧告を受け公開買付契約を合意解約、公開買付けは不実施★★
宮崎正太郎日本産業推進機構による買収提案の検討を終了★
出典・参考

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