2001年2010年2020年2026年
創業社長の関係
創業
1942年5月、山崎久夫氏が長野県諏訪で有限会社大和工業を設立し、時計部品の加工から出発した。山崎久夫氏は1963年に死去するまで21年トップを務め、創業家の経営はここで途切れている。以後はセイコー創業家の服部一郎氏が1980年に諏訪精工舎社長となり、1985年に発足したセイコーエプソンの初代社長も務めた。
社長登用の傾向
社長任期の傾向
任期
最長は碓井稔氏の12年で、リーマンショックで1,113億円の純損失を出した直後に就き、電子デバイス事業の縮小とインクジェットへの集中を過去最高益まで押し切った点が続投の根拠と推定される。直近3代は12年・5年・就任2年目で、退任後は会長へ移る慣行が続く。
いまの体制への含意
含意
後継の入口は社内に限られるが、選び方には外の目が入っている。社外取締役を委員長とし委員の過半数を社外が占める取締役選考審議会が審査と答申を行い、取締役会が決める建て付けで、取締役11名のうち社外は6名と半数を超える。ただし候補者の原案は社長が作る。
| 氏名 | 社長在任期間 退任年は推定 | 在任年数 推定 | 状況 | 出自 | 役職 | 在任中の決断 | 施策 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 安川英昭(1991年就任) | 1991〜2001年1991年就任 | 10年 | 退任 | 生え抜き | 取締役社長 | ||
| 草間三郎(2001年就任) | 2001〜2005年2001年就任 | 4年 | 退任 | 生え抜き | 取締役社長 | 決断2003年東証一部へ株式上場 | |
| 花岡清二(2005年就任) | 2005〜2008年2005年就任 | 3年 | 退任 | 生え抜き | 取締役社長 | ||
| 碓井稔(2008年就任) | 2008〜2020年2008年就任 | 12年 | 退任 | 生え抜き | 代表取締役社長 | 決断2009年Epson America傘下の不適切な経理処理2010年SE07で中小型液晶を譲渡2016年監査等委員会設置会社へ移行 | |
| 小川恭範(2020年就任) | 2020〜2025年2020年就任 | 5年 | 退任 | 生え抜き | 代表取締役社長 | 決断2024年米Fiery社の子会社化 | |
| 吉田潤吉(2025年就任) | 2025年〜現任2025年就任 | 2年 | 現任 | 生え抜き | 代表取締役社長 | 1988年4月にセイコーエプソンへ入社した。米国とシンガポールに通算12年駐在した。2020年6月に執行役員、2021年4月にプリンティングソリューションズ事業本部長、2024年6月に取締役執行役員へ進み、取締役に就任してから10か月で社長へ上がった。生え抜きの社長で、資本の裏づけを持つ立場ではない。 |