セイコーエプソン の歴代社長

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2001年2010年2020年2026年

草間三郎退任

2001年社長就任

取締役社長

花岡清二退任

2005年社長就任

取締役社長就任

碓井稔退任

2008年社長就任

2002年取締役代表取締役社長

小川恭範退任

2020年社長就任

2017年執行役員2018年取締役代表取締役社長

吉田潤吉現任

2025年社長就任

2020年執行役員2024年取締役
創業社長の関係
創業

1942年5月、山崎久夫氏が長野県諏訪で有限会社大和工業を設立し、時計部品の加工から出発した。山崎久夫氏は1963年に死去するまで21年トップを務め、創業家の経営はここで途切れている。以後はセイコー創業家の服部一郎氏が1980年に諏訪精工舎社長となり、1985年に発足したセイコーエプソンの初代社長も務めた。

社長登用の傾向
登用

1987年5月に服部一郎氏が急逝して以降、社長は6代続けて生え抜きで、外部からの招聘は確認できない。碓井稔氏はインクジェットヘッド、小川恭範氏はプロジェクターの開発を率いた技術者で、主力事業の技術を作った人物が昇格する型が続いた。2025年に就いた吉田潤吉氏は営業出身である。

社長任期の傾向
任期

最長は碓井稔氏の12年で、リーマンショックで1,113億円の純損失を出した直後に就き、電子デバイス事業の縮小とインクジェットへの集中を過去最高益まで押し切った点が続投の根拠と推定される。直近3代は12年・5年・就任2年目で、退任後は会長へ移る慣行が続く。

いまの体制への含意
含意

後継の入口は社内に限られるが、選び方には外の目が入っている。社外取締役を委員長とし委員の過半数を社外が占める取締役選考審議会が審査と答申を行い、取締役会が決める建て付けで、取締役11名のうち社外は6名と半数を超える。ただし候補者の原案は社長が作る。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
安川英昭(1991年就任)1991〜2001年1991年就任10年退任生え抜き取締役社長
草間三郎(2001年就任)2001〜2005年2001年就任4年退任生え抜き取締役社長決断2003年東証一部へ株式上場
花岡清二(2005年就任)2005〜2008年2005年就任3年退任生え抜き取締役社長
碓井稔(2008年就任)2008〜2020年2008年就任12年退任生え抜き代表取締役社長決断2009年Epson America傘下の不適切な経理処理2010年SE07で中小型液晶を譲渡2016年監査等委員会設置会社へ移行
小川恭範(2020年就任)2020〜2025年2020年就任5年退任生え抜き代表取締役社長決断2024年米Fiery社の子会社化
吉田潤吉(2025年就任)2025年〜現任2025年就任2年現任生え抜き代表取締役社長1988年4月にセイコーエプソンへ入社した。米国とシンガポールに通算12年駐在した。2020年6月に執行役員、2021年4月にプリンティングソリューションズ事業本部長、2024年6月に取締役執行役員へ進み、取締役に就任してから10か月で社長へ上がった。生え抜きの社長で、資本の裏づけを持つ立場ではない。
歴代社長の在任期間 全6代
1991年2000年2010年2020年2026年

安川英昭退任

1991年社長就任

取締役社長

草間三郎退任

2001年社長就任

取締役社長

花岡清二退任

2005年社長就任

1995年取締役取締役社長就任

碓井稔退任

2008年社長就任

2002年取締役代表取締役社長

小川恭範退任

2020年社長就任

2017年執行役員2018年取締役代表取締役社長

吉田潤吉現任

2025年社長就任

2020年執行役員2024年取締役

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