キヤノン 蘭オセの連結子会社化 「自前主義」を返上した初の大型買収

更新:

時期 2009年11月
当時の社長 御手洗冨士夫
論点 自前主義の見直しと商業印刷への進出
何をなぜ決めたか
概要

2009年11月16日、キヤノンはオランダの印刷機大手オセ(Océ)を株式公開買付け(TOB)で連結子会社化することを取締役会で決議した。公開買付けは翌2010年3月9日に成立し、その後の追加買付けと優先株式の取得を合わせて持分は87.2%、取得価額は839億円に達した。独自技術にこだわる自前主義を看板としてきたキヤノンが、初めて大型のM&Aで他社の技術と欧米の販路を買い、成長領域の商業印刷へ進んだ転換にあたる。

背景

先進国のオフィス複合機は2000年代後半に普及が一巡し、買い替えの周期も延びて需要が成熟へ向かっていた。リーマン・ショックが追い打ちをかけ、連結売上高は2007年12月期の4兆4,813億円から2009年12月期は3兆2,092億円へ減少した。事務機とカメラの本業が細るなか、キヤノンは次の成長をどこに求めるかを迫られた。

内容

成長していた商業印刷で欧州最大級の地位を占めていたのがオセだった。2009年11月期の連結売上高は2,648百万ユーロ、従業員は21,635名。文書・産業用の印刷システムや高速大判デジタルプリントに強く、キヤノンの複写機・大判プリンターと製品が重ならず補完しあう。キヤノンはすでに22.9%の持分を持分法で抱えており、そこへ公開買付けで34.8%、追加の買付けで10.4%、転換権付優先株式で19.1%を積み上げた。

含意

オセは2010年にキヤノングループへ入り、2020年1月にキヤノンプロダクションプリンティングへ社名を変更した。この買収は、御手洗冨士夫氏が主導するM&A路線の第一弾となり、2015年のアクシス、2016年の東芝メディカルシステムズへ続いた。自社で育てる路線から、買って取り込む路線への転換を、キヤノンはオセで先頭を切って示した。

いつ何が起きたか 9件
筆者の見解
筆者の見解

自前主義を、自らの手で書き換えた

キヤノンの強さは、長く自前主義に支えられてきた。カメラで培った光学と精密機器の技術を社内で磨き、複写機やプリンターへ応用し、消耗品で稼ぐ仕組みまでを自社で組み立てる——その一貫した内製の思想が、事務機の世界市場を築く原動力だった。オセの買収は、その思想を環境の変化の前に自ら手放した選択にあたる。市場が成熟し、成長の空白が広がるとき、内製の速さだけでは埋めきれない領域がある。他社が積み上げた技術と販路を買う判断は、自前主義の否定ではなく、それを守るための現実的な補正であった。

買収そのものが成功だったかは、単純には測れない。オセのブランドはキヤノンへ吸収され、商業印刷は事務機に代わる収益源には育っていない。それでも、この買収がキヤノンに残したものは大きい。自社で育てるか、買って取り込むか——二者択一だった発想が、両方を使い分ける発想へと開かれた。アクシスや東芝メディカルへ続くM&Aは、いずれもオセで開いた道の延長線上にある。独自技術を貫く企業が、その看板を自らの手で書き換えたとき、次の成長をどこに求めるかという問いに、キヤノンは一つの答えを示した。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

業績の推移
買収の条件

買収の条件

科目 概要 備考
被取得企業 Océ N.V.(オセ社) 文書・産業用印刷システム、高速大判デジタルプリントの開発・製造・販売
被取得企業の規模 売上高2,648百万ユーロ 2009年11月期・連結。総資産2,207百万ユーロ、従業員21,635名
取締役会の決議日 2009年11月16日 同日、公開買付けを開始するにあたっての基本合意をオセ社と締結した
取得の法的形式 現金を対価とする株式取得 取得法で処理。公開買付けと市場買付けを組み合わせた
支配獲得日 2010年3月9日 公開買付けの成立日。連結は第110期から
結合直前の議決権比率 22.9% 持分法を適用していた。取得日の公正価値25,508で再測定した
第1段階 公開買付け 34.8%・38,785百万円 2010年3月9日に、自己株式を除く発行済株式の34.8%の普通株式を取得
第2段階 追加公開買付け 9.8%・10,918百万円 取得日以降の追加の買付け期間に取得した普通株式
第3段階 市場買付け 0.6%・671百万円 市場を通じて取得した普通株式
第4段階 優先株式の取得 19.1%・8,027百万円 転換権付累積型ファイナンシング優先株式
取得後の議決権比率 87.2% 自己株式を除く発行済株式に対する比率。取得株式数は91,468,641株
取得価額 83,909百万円 新規の支出58,401に、従来保有分の公正価値25,508を加えた買収価額総額
支払資金の調達方法 グループ内の自己資金 借入や新株の発行によらず、手元資金で賄った
非支配持分の公正価値 18,245百万円 残る12.8%分。主としてオセ社普通株式の市場価格で算出した
取得資産計 349,612百万円 流動資産122,248、有形固定資産51,156、その他固定資産42,658
引受負債計 247,458百万円 取得純資産は102,154
のれん 77,253百万円 減損テストではオフィスビジネスユニットに配分。損金算入できない
のれんの発生原因 事業統合によるシナジー効果 技術・製品面での補完関係。プリンティング分野での世界No.1を掲げた
取得した無形固定資産 56,297百万円 顧客関係32,747、特許権11,316、その他12,234。いずれも償却対象
無形固定資産の償却年数 顧客関係5年・特許権3年 無形固定資産全体の加重平均償却年数は4.4年
買収に伴う借入金の返済 78,314百万円 オセ社が抱えていた金融機関からの借入55,378と私募債22,936を返済
連結した売上高 246,518百万円 第110期の連結売上高に含まれるオセ社の売上高
通期換算した売上高 3,772,425百万円 第110期の期首に結合したと仮定したプロ・フォーマ売上高。非監査
追加取得後の議決権比率 99.4% 2012年12月期末のOcé-Technologies B.V.に対する比率。2010年末は89.6%

出所:キヤノン株式会社 有価証券報告書 第109期(2009年12月期)【経営上の重要な契約等】【重要な後発事象】/第110期(2010年12月期)【買収】/第112期(2012年12月期)【関係会社の状況】

連結のれんと、オフィスに配分されたのれん

キヤノン:連結のれんと、オフィスに配分されたのれん

(百万円) のれんうちオフィス 備考
2004年12月期 24,233− セグメントごとの配分は第109期から開示している
2005年12月期 40,161−
2006年12月期 40,801−
2007年12月期 56,783−
2008年12月期 50,754−
2009年12月期 55,87139,845 決議は11月16日。オセ社の支配獲得は翌期の3月9日で、連結は第110期から
2010年12月期 125,189107,301 当期取得額82,875のうち77,253がオセ社の買収によるのれん
2011年12月期 119,021102,060 当期取得額はなく、為替換算調整で6,168減った
2012年12月期 130,843111,348
2013年12月期 161,640139,412
2014年12月期 211,336145,335
連結のれんの内訳
うちオフィス(百万円)オフィス以外(百万円)

出所:キヤノン株式会社 有価証券報告書 第105期〜第114期【のれん及びその他の無形固定資産】

オフィスセグメントの売上高と全社売上高

キヤノン:オフィスセグメントの売上高と全社売上高

(百万円) オフィス全社 備考
2004年12月期 −3,467,853 第108期まではオフィスではなく事務機の区分で、含む製品の範囲が異なる
2005年12月期 −3,754,191
2006年12月期 −4,156,759
2007年12月期 −4,481,346
2008年12月期 −4,094,161
2009年12月期 1,645,0763,209,201 オフィス・コンシューマ・産業機器その他の3区分へ改めた最初の期
2010年12月期 1,987,2693,706,901 オセ社の売上高246,518を新規に連結し、前期比20.8%増となった
2011年12月期 1,917,9433,557,433
2012年12月期 1,757,5753,479,788
2013年12月期 2,000,0733,731,380
2014年12月期 2,078,7323,727,252
オフィスの売上高と全社に占める比率
オフィス(百万円)オフィス率(%)

出所:キヤノン株式会社 有価証券報告書 第105期〜第114期【主要な経営指標等の推移】【販売実績】

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参考文献
出典・参考
  • キヤノン(2009年11月16日)「キヤノンによる蘭・オセ社の連結子会社化について」
  • 日経ビジネス 1990年1月1日号
  • 「キヤノン株式会社 有価証券報告書 第109期(2009年12月期)」
  • 「キヤノン株式会社 有価証券報告書 第110期(2010年12月期)」
  • 「キヤノン株式会社 有価証券報告書 第112期(2012年12月期)」
  • 「キヤノン株式会社 有価証券報告書 第105期〜第114期」

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