「自前主義」を返上した初の大型買収——蘭オセの連結子会社化

2010年実施

独自技術を磨き続けるか、他社の技術と販路を買うか——事務機の飽和を前に、商業印刷へ活路を求めた選択

時期 2009年11月
意思決定者 御手洗冨士夫(会長兼CEO)・内田恒二(社長)
論点 自前主義の見直しと商業印刷への進出
概要
2009年11月、キヤノンはオランダの印刷機大手オセ(Océ)を株式公開買付け(TOB)で連結子会社化すると発表した。1株8.6ユーロ、総額約730百万ユーロ(当時のレートでおよそ1,000億円)で、同社にとって過去最大の買収だった。独自技術にこだわる自前主義を看板としてきたキヤノンが、初めて大型のM&Aで他社の技術と欧米の販路を買い、成長領域の商業印刷へ進んだ転換にあたる。
背景
先進国のオフィス複合機は2000年代後半に普及が一巡し、買い替えの周期も延びて需要が成熟へ向かっていた。リーマン・ショックが追い打ちをかけ、連結売上高は2007年12月期の4兆4,813億円から2009年12月期は3兆2,092億円へ落ち込んだ。事務機とカメラの本業が細るなか、キヤノンは次の成長をどこに求めるかを迫られた。
内容
成長していた商業印刷で欧州最大級の地位を占めていたのがオセだった。文書・産業用の印刷システムや高速大判デジタルプリントに強く、キヤノンの複写機・大判プリンターと製品が重ならず補完しあう。両社は開発から販売までを結び付け、プリンティング分野の世界首位を掲げた。自社開発を貫いてきたキヤノンが、他社の技術と販路を買う選択へ転じた。
含意
オセは2010年にキヤノングループへ入り、2020年1月にキヤノンプロダクションプリンティングへ社名を改めた。この買収は、御手洗冨士夫が主導するM&A路線の第一弾となり、2015年のアクシス、2016年の東芝メディカルシステムズへ続いた。自社で育てる路線から、買って取り込む路線への転換を、キヤノンはオセで先頭を切って示した。
筆者の見解

自前主義を、自らの手で書き換えた

キヤノンの強さは、長く自前主義に支えられてきた。カメラで培った光学と精密機器の技術を社内で磨き、複写機やプリンターへ応用し、消耗品で稼ぐ仕組みまでを自社で組み立てる——その一貫した内製の思想が、事務機の世界市場を築く原動力だった。オセの買収は、その思想を環境の変化の前に自ら手放した選択にあたる。市場が成熟し、成長の空白が広がるとき、内製の速さだけでは埋めきれない領域がある。他社が積み上げた技術と販路を買う判断は、自前主義の否定ではなく、それを守るための現実的な補正であった。

買収そのものが成功だったかは、単純には測れない。オセのブランドはキヤノンへ吸収され、商業印刷は事務機に代わる収益の柱には育っていない。それでも、この買収がキヤノンに残したものは大きい。自社で育てるか、買って取り込むか——二者択一だった発想が、両方を使い分ける発想へと開かれた。アクシスや東芝メディカルへ続くM&Aは、いずれもオセで開いた道の延長線上にある。独自技術を貫く企業が、その看板を自らの手で書き換えたとき、次の成長をどこに求めるかという問いに、キヤノンは一つの答えを示した。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

事務機の飽和と自前主義

キヤノンは1937年の創業以来、カメラから複写機、レーザープリンターへと事業を広げ、独自技術にこだわる開発でオフィス機器の世界市場を築いてきた。トナーなどの消耗品で継続して稼ぐ仕組みを備え、事務機は長く収益の柱だった。しかし2000年代後半になると、先進国のオフィス複合機は普及が一巡し、買い替えの周期も延びて、需要は成熟へ近づいていた。自前の開発で市場を切り開いてきた強みが、市場そのものの飽和という壁に突き当たっていた[1]

リーマン・ショックがこの成熟をいっそう厳しくした。連結売上高は2007年12月期の4兆4,813億円をピークに、2009年12月期は3兆2,092億円まで落ち込み、営業利益も7,567億円から2,171億円へ縮んだ。円高と世界的な設備投資の冷え込みが、事務機とカメラの両輪を直撃した。本業が急速に細るなかで、次の成長をどこに求めるかが、経営の差し迫った課題となった[2]

商業印刷という成長領域とオセ

成熟する事務機の外側で伸びていたのが、商業印刷の分野である。カタログや書籍、屋外広告を大量かつ高速に刷るデジタル印刷機や業務用大判プリンターは、印刷会社や製造業の現場で需要を広げていた。この領域で欧州最大級の地位を占めていたのがオランダのオセだった。文書・産業用の印刷システムや高速大判デジタルプリントに強く、2008年11月期の連結売上高は29億900万ユーロに達していた。キヤノンが自社では手薄だった商業印刷の技術と、欧米の販売網を併せ持つ相手であった[3][4]

決断

TOBによる連結子会社化

2009年11月16日、キヤノンはオセを株式公開買付け(TOB)で連結子会社にすると発表した。買付価格は1株8.6ユーロ、取得総額は約730百万ユーロで、当時のレートでおよそ1,000億円にのぼった。キヤノンにとって過去最大の買収であった。TOBは翌2010年初めに実施され、オセは同年にキヤノングループへ加わった[5][6]

買収の狙いは、成長する商業印刷への進出にあった。オフィスやSOHO向けの複写機・複合機、デザイン事務所向けの大判プリンターに強いキヤノンと、商業印刷用や業務用大判に強いオセは、製品が重ならず補完しあう関係にあった。両社は開発から生産、販売、サービスまでを結び付け、プリンティング分野で世界首位を実現すると掲げた[7][8]

自前主義からの転換

この買収が持つ重みは、金額よりも、キヤノンが自前主義を自ら見直した点にあった。同社は独自技術にこだわり、社内の開発で製品を生み出す流儀を看板に掲げてきた。オセの買収は、その流儀を離れ、他社が積み上げた産業印刷の技術と欧米の販路を買う選択であった。事務機市場が成熟へ向かうなか、自社開発の速さだけでは成長の空白を埋めきれない——そうした判断が、初の大型買収へキヤノンを動かした[9]

結果

商業印刷への足場と続くM&A

オセの買収で、キヤノンは商業印刷という新しい足場を得た。オセは2010年にキヤノングループへ入り、2019年には全製品をキヤノンブランドへ統合するため、翌2020年1月にキヤノンプロダクションプリンティングへ社名を改めた。欧州最大級のプリンタメーカーの名は消えたが、その産業印刷の技術と欧米の販路は、キヤノンの商業印刷事業の中核として残った[10][11]

オセの買収は、キヤノンのM&A路線の第一弾となった。御手洗冨士夫は、事務機とカメラに続く成長の柱を社外に求め、2015年にはネットワークカメラのスウェーデン・アクシス、2016年には東芝メディカルシステムズを相次いで傘下に収めた。のちに御手洗は「次の成長の柱として医療とネットワークカメラに賭けた[12]」と振り返っている。自社で育てる路線から、買って取り込む路線へ——オセはその転換の先頭に立った買収であった。

出典・参考