医療機器事業ののれん1651億円減損と本社一体化による立て直し

買収から8年、成長の柱に据えた医療をどう立て直すか——「各社に任せる」方針の転換をめぐって

更新:

時期 2025年1月
意思決定者 御手洗冨士夫 キヤノン 会長兼社長CEO
論点 医療事業の立て直しとポートフォリオの見直し
概要
2025年1月30日、キヤノンは2024年12月期決算で、2016年に6655億円で買収した医療機器子会社キヤノンメディカルシステムズを中心に、のれんの減損損失1651億円を計上したと発表した。売上高は過去最高を更新しながら、純利益は前の期比40%減の1600億円に落ち込み、4期ぶりの減益となった。御手洗冨士夫会長兼社長CEOは、これに前後して医療事業を本社と一体化する構造改革に踏み込んだ。
背景
買収後の医療機器事業は売上こそ5000億円超へ伸びた一方、営業利益率は4〜5%で頭打ちとなっていた。円安・原材料高で国内医療機関の経営環境が悪化し、成長を見込んだ中国市場も急失速した。将来計画を保守的に見直した結果、事業価値が帳簿価額を下回り、減損の計上に至った。
内容
キヤノンは2024年2月に「メディカル事業革新委員会」を設置し、買収先の経営を各社に任せてきた従来方針を転換した。組織・人材・ノウハウを本社と統合し、研究開発と本社機能を東京都大田区に集約、法人としての一体化も視野に入れた。売上高6000億円・営業利益率10%を目標に据え、生産拠点の統廃合も進めた。
含意
医療は御手洗会長が祖業カメラの停滞を越える柱に定めた事業であり、減損はその買収の帰結を数字で突きつけた。東芝時代の体制を尊重してきた9年を経て、キヤノンは自前のコスト管理と内製の論理を持ち込む方向へ転じた。買収の成否は、立て直しがどこまで進むかにかかっている。
筆者の見解

買収の帰結と、遅れてきた統合

この判断の核心は、8年前の巨額買収が残した課題に、キヤノンがようやく正面から向き合った点にある。祖業カメラの停滞を越える柱として医療を選んだ選択そのものは、光学と精密機械の技術が生きる方向として理にかなっていた。ただ、買収先の自主性を尊重し「各社に任せる」運営を続けたことで、本社のコスト管理や内製の論理が医療事業に及ぶのは遅れた。市場環境の悪化が引き金を引いたとはいえ、1651億円という減損の大きさは、統合の遅れが積み上げた距離をも映しているとみることができる。

減損は会計上の一度きりの損失であっても、そこから始まった一体化は、買収の成否を問い直す長い作業になる。管理部門の融合や生産拠点の統廃合は初年度から効き始めたが、営業利益率10%という目標や米国市場での存在感の確立は、なお道半ばにある。買った事業を独立させたまま伸ばすのか、本体に溶け込ませて鍛え直すのか——キヤノンは9年をかけて後者へ傾いた。医療という柱がその重みに見合う収益を生むかどうかは、これからの数年に持ち越されているといえる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

成長の柱に据えた医療の伸び悩み

キヤノンにとって医療は、祖業カメラの停滞と事務機の成熟を越える次の柱として選ばれた事業であった。2016年末に6655億円で買収した東芝メディカルシステムズ(後のキヤノンメディカルシステムズ)は、CTで国内トップシェアを握り、買収後も売上を伸ばした。足元の部門売上高は5000億円を超え、複合機やカメラに次ぐ規模へ育っていた。数字のうえでは、事業転換の狙いは形になりつつあった[1]

ただ、規模の拡大は利益に結びついていなかった。ここ数年の部門営業利益は300億円前後で横ばいに推移し、営業利益率は4〜5%にとどまっていた。御手洗冨士夫会長兼社長CEOは買収先の経営を各社に任せる方針をとり、医療についても東芝時代からの体制を尊重してきた。医療機器はカメラや事務機と商慣習が異なり、独立した事業体としての運営が続いていた点も、本社のコスト管理が及びにくい一因であった[2][3]

市場環境の悪化とのれんの重さ

伸び悩みに追い打ちをかけたのが、外部環境の変化であった。円安と原材料価格の高騰が輸入コストや部品調達価格を押し上げ、賃上げや物価上昇による経費増が国内の医療機関の経営環境を厳しくした。加えて、これまで成長が期待されてきた中国市場が急失速した。将来にわたる収益の前提が崩れ、キヤノンは医療機器事業の将来計画を保守的に見直さざるをえなくなった[4]

買収は帳簿に多額ののれんを残していた。医療機器事業ののれんは、キヤノンメディカルの買収で4920億円積み上がり、2023年末時点では5656億円にのぼっていた。買収価格が正味の資産を上回った差額が、将来の収益で回収される前提で計上されていたわけである。前提が保守的に置き直された結果、その事業価値が帳簿価額を下回り、差を損失として認識する減損の計上が避けられなくなった[5]

決断

1651億円の減損計上

2025年1月30日、キヤノンは2024年12月期決算を発表し、医療機器事業ののれんを中心に1651億円の減損損失を計上したと明らかにした。売上高は前の期比7.9%増の4兆5098億円と17年ぶりに過去最高を更新した一方、純利益は従来予想の3250億円から大きく下振れ、前の期比40%減の1600億円に落ち込んだ。4期ぶりの減益であり、その主因は医療事業ののれん減損であった。過去最高の売上と巨額の減損が同じ決算に並んだ[6][7]

キヤノンは減損テストにあたり、医療機器事業の販売の伸びを控えめに置き直した。日本や欧州など先進国は市場成長並みの2%、好調な米国やインド・サウジアラビアなどの新興国は7%程度の成長を前提とし、達成可能な水準まで計画を引き下げたと説明した。同社は、この見直しによってメディカルに追加的な減損リスクはないとし、ネットワークカメラや商業印刷ののれんについても問題はないとの認識を示した[8]

「各社に任せる」からの転換

減損はキヤノンの経営方針そのものの見直しをともなった。同社は減損の計上に先立つ2024年2月、組織や拠点の再編、調達・生産・物流や開発体制の改革を担う「メディカル事業革新委員会」を設けていた。買収した会社の経営を各社に任せ、東芝時代からの体制を尊重してきた御手洗会長が、キヤノンの品質管理やコスト削減のノウハウを注入し、医療事業を本社と一体化する方向へ転じる判断であった[9]

一体化の内容は具体的であった。人事・経理・総務などの管理部門を本社と融合させ、栃木県大田原市にあった研究開発機能と本社機能を東京都大田区の本社へ集約する。同社は法人としての一体化までを視野に入れ、国内の販売・サービスは顧客との関係を機動的に保つため別法人とする案も検討した。医療事業の目標には売上高6000億円と営業利益率10%が据えられ、次期5カ年計画では医療を成長の中心の一つに位置づけた[10][11]

結果

進み始めた改革と残る距離

減損を機に始まった構造改革は、初年度から数字に表れ始めた。キヤノンは2025年を費用をかけて構造改革に集中する年と位置づけ、生産拠点の統廃合や本社との融合を進めた。その結果、2025年には目標を上回る115億円の収益改善を達成したと公表し、2026年もさらに100億円以上の効果を目指すとした。全社の業績も回復し、2025年12月期は売上高が4兆6247億円、純利益が3320億円へと戻した[12][13]

それでも、医療事業そのものの立て直しには距離が残った。開発中の次世代CT「フォトンカウンティングCT」の発売を控えて開発費がかさみ、伸びる米国や新興国では販売員の増強やチャネル拡大への投資が先行する。営業利益率10%という目標も、短期で効く施策と時間を要する施策が入り混じる。長く社長を務める瀧口登志夫社長は、拍手喝采を受ける成果が出せているとは言いがたいとして、改革の加速を口にした[14][15]

出典・参考
  • 日本経済新聞(2025年1月30日)「キヤノン40%減益 「旧東芝」医療機器1651億円減損」
  • 週刊東洋経済 2025年4月5日号「キヤノンが巨額減損計上 買収した医療機器にメス」
  • 週刊東洋経済 2025年7月5日号「トップに直撃 キヤノンメディカルシステムズ社長 瀧口登志夫」
  • キヤノン 2024年12月期 決算説明会 質疑応答(2025年1月30日)
  • キヤノン 2025年 経営方針説明会 質疑応答(2025年3月7日)
  • キヤノン 2025年12月期 決算説明会 質疑応答(2026年1月29日)
  • キヤノン 有価証券報告書(2024年12月期・連結USGAAP)
  • キヤノン 有価証券報告書(2025年12月期・連結USGAAP)