キヤノン の歴代社長

更新:

1989年2000年2010年2020年2026年

山路敬三退任

1989年社長就任

代表取締役社長

御手洗肇退任

1993年社長就任

代表取締役社長

御手洗冨士夫現任

1995年社長就任

代表取締役社長代表取締役会長兼社長CEO代表取締役会長兼社長

内田恒二退任

2006年社長就任

1997年取締役代表取締役社長

真栄田雅也退任

2016年社長就任

2007年取締役代表取締役社長兼COO
創業社長の関係
創業

1933年、吉田五郎氏と内田三郎氏が精機光学研究所を興し、資金を出したのは産婦人科医の御手洗毅氏である。御手洗毅氏は1942年から32年にわたり社長を務めた。創業家の社長は1974年からの19年だけ途切れ、1993年に御手洗肇氏が継いでからは甥の御手洗冨士夫氏まで続いている。

社長登用の傾向
登用

直近20年に社長へ就いたのは内田恒二氏・真栄田雅也氏・小川一登氏で、いずれも新卒入社の生え抜きである。ただし2006年以降のCEOは御手洗冨士夫氏ひとりで、社長にはCOOの肩書きが添えられてきた。生え抜きに渡るのは執行であって、最終決定の座ではないように見える。

社長任期の傾向
任期

創業社長の32年に次ぐのが御手洗冨士夫氏で、1995年の社長就任から30年を超えてトップに座り続けている。委ねた社長は内田恒二氏が6年、真栄田雅也氏が4年で、どちらの後も御手洗冨士夫氏が社長へ戻った。個人の持株はごくわずかで、長さを支えたのは資本ではなく人事の連続性であろう。

いまの体制への含意
含意

社長交代はCEO交代を意味しない。指名・報酬委員会は置かれているが、候補を推薦するのはCEO自身で、委員会の役目は推薦の公正さを確かめるところまでである。取締役11名のうち社外は5名で過半に届かない。外から人事に届いたのは、2023年に再任賛成率が50.59%まで落ちた総会くらいであろう。

氏名 社長在任期間 退任年は推定 在任年数 推定状況出自役職在任中の決断施策
御手洗毅(1942年就任)1942〜1974年1942年就任32年退任創業家取締役社長
前田武男(1974年就任)1974〜1977年1974年就任3年退任生え抜き代表取締役社長
賀来龍三郎(1977年就任)1977〜1989年1977年就任12年退任生え抜き代表取締役社長決断1977年無配転落と事業部制の導入
山路敬三(1989年就任)1989〜1993年1989年就任4年退任生え抜き代表取締役社長
御手洗肇(1993年就任)1993〜1995年1993年就任3年退任創業家代表取締役社長決断1995年キャッシュフロー重視の経営
御手洗冨士夫(1995年就任)1995〜2006年・2012〜2016年・2020年〜現任1995年就任通算約22年現任創業家代表取締役社長創業者・御手洗毅氏の甥にあたる。1961年3月に中央大学法学部を出てキヤノンカメラへ入り、1966年からCanon U.S.A.へ出向して米国で20年以上を過ごした。1979年1月にキヤノンUSA社長、1981年3月に取締役、1989年3月に代表取締役専務へ進んでいる。大株主に御手洗家個人は入らず、資本の裏づけを持つ創業家ではない。決断2023年全員男性の取締役会と賛成率低下2025年キヤノンメディカルの減損2026年小川一登氏が社長就任
内田恒二(2006年就任)2006〜2012年2006年就任6年退任生え抜き代表取締役社長決断2009年蘭オセの連結子会社化
真栄田雅也(2016年就任)2016〜2020年2016年就任4年退任生え抜き代表取締役社長兼COO決断2016年東芝メディカルの買収
歴代社長の在任期間 全8代
1942年1950年1960年1970年1980年1990年2000年2010年2020年2026年

御手洗毅退任

1942年社長就任

取締役社長

前田武男退任

1974年社長就任

賀来龍三郎退任

1977年社長就任

1954年入社1972年取締役代表取締役社長

山路敬三退任

1989年社長就任

1951年入社1972年取締役

御手洗肇退任

1993年社長就任

1974年入社

御手洗冨士夫現任

1995年社長就任

1961年入社1981年取締役代表取締役社長代表取締役会長兼社長

内田恒二退任

2006年社長就任

1965年入社1997年取締役代表取締役社長

真栄田雅也退任

2016年社長就任

1975年入社2007年取締役

免責事項およびポリシー