- 創業
- 1933年、吉田五郎氏と内田三郎氏が精機光学研究所を興し、資金を出したのは産婦人科医の御手洗毅氏である。御手洗毅氏は1942年から32年にわたり社長を務めた。創業家の社長は1974年からの19年だけ途切れ、1993年に御手洗肇氏が継いでからは甥の御手洗冨士夫氏まで続いている。
- 登用
- 直近20年に社長へ就いたのは内田恒二氏・真栄田雅也氏・小川一登氏で、いずれも新卒入社の生え抜きである。ただし2006年以降のCEOは御手洗冨士夫氏ひとりで、社長にはCOOの肩書きが添えられてきた。生え抜きに渡るのは執行であって、最終決定の座ではないように見える。
- 任期
- 創業社長の32年に次ぐのが御手洗冨士夫氏で、1995年の社長就任から30年を超えてトップに座り続けている。委ねた社長は内田恒二氏が6年、真栄田雅也氏が4年で、どちらの後も御手洗冨士夫氏が社長へ戻った。個人の持株はごくわずかで、長さを支えたのは資本ではなく人事の連続性であろう。
- 含意
- 社長交代はCEO交代を意味しない。指名・報酬委員会は置かれているが、候補を推薦するのはCEO自身で、委員会の役目は推薦の公正さを確かめるところまでである。取締役11名のうち社外は5名で過半に届かない。外から人事に届いたのは、2023年に再任賛成率が50.59%まで落ちた総会くらいであろう。
歴代社長1942年195019601970198019902000201020202026年
1942〜1973年・32年/創業家
1974〜1975年・2年/生え抜き
1976〜1987年・12年/生え抜き
1988〜1991年・4年/生え抜き
1992〜1994年・3年/創業家
御手洗冨士夫現任
1995年〜現在・32年/創業家
2006〜2010年・5年/生え抜き
2015〜2019年・5年/生え抜き
2011〜2014年は在任者の記録が無く、帯を空けている(有価証券報告書が揃わない期間)。
真栄田雅也
まえだ まさや
生え抜き(1975年入社)。カメラ技術者としてイメージコミュニケーション事業本部長を歴任し、専務から社長兼COOへ
内田恒二
うちだ つねじ
生え抜き(1965年入社)。カメラ開発一筋でイメージコミュニケーション事業本部長を務め、副社長から社長へ
御手洗冨士夫
みたらい ふじお
創業家(創業社長・御手洗毅の甥。1961年入社)。キヤノンU.S.A.社長など通算23年の米国駐在を経て代表取締役専務から社長へ
御手洗肇
みたらい はじめ
創業家(創業社長・御手洗毅の次男)。高校卒業後17年間を米国で学び、帰国後は技術部門を歩んで社長へ
山路敬三
やまじ けいぞう
生え抜き(1951年入社)。中央研究所副所長・事務機事業本部長など技術畑を歩んで社長へ
賀来龍三郎
かく りゅうざぶろう
生え抜き(1954年入社)。経理・人事畑を歩み、経理部長・人事部長を経て常務から社長へ抜擢された
前田武男
まえだ たけお
生え抜き(1934年入社)。前身の精機光学研究所時代から在籍し、副社長を経て創業社長・御手洗毅の後任として社長へ
御手洗毅
みたらい たけし
創業家。産婦人科医として開業しながら1937年の精機光学工業設立に出資者・創業メンバーとして参画し、1942年に社長へ就任