御手洗冨士夫
キヤノン・代表取締役会長兼社長
Mitarai Fujio(1935年生まれ)
就任年 1995年
就任時年齢 59歳
現年齢 90歳
在任期間 22年
出自 キヤノン
- 「グローバル優良企業グループ構想」(5カ年フェーズ制)を軸に、カメラ・事務機の単一事業構造から4コア事業(プリンティング・イメージング・メディカル・産業機器)へと事業ポートフォリオを転換した経営者である。
- フェーズⅢ(2006〜10)・フェーズⅣ(2011〜15)・フェーズⅤ(2016〜20)・フェーズⅥ(2021〜25)・フェーズⅦ(2026〜30)と長期計画を継承、2010年Océ・2014年Milestone Systems/Canon Nanotechnologies・2015年Axis Communications買収でネットワークカメラ・印刷を強化
- 2016年に東芝メディカルシステムズ(現Canon Medical)を取得し、メディカルを新たな成長柱に据える事業構造への転換を主導
- 巨額の自己株式取得と継続増配で長期的な株主還元を主導しつつ、減損も含めた構造改革で資本効率の改善を継続した。
- 2007年から累計1兆500億円規模の自己株式取得を実施、2025年には追加で1,000億円の自社株買いを決定、2006年7月の株式分割(1:1.5)後も継続増配で2025年配当155円・FY26計画160円へ
- 2018年に商業印刷事業(旧Océ)で339億円、2025年にメディカル事業(旧東芝メディカル)の暖簾1,651億円を減損計上し抜本構造改革を断行
就任前(FY94)21,656億円
直近(FY25)46,247億円
変化(31カ年)+114%
就任前-
直近(FY25)10.4%
変化-
御手洗冨士夫の経歴社長就任に至るキャリア
- 1961年、創業者・御手洗毅氏の甥として当時のキヤノンカメラに入社した。まもなく渡米し、通算23年間を米国で過ごす。後半の10年はキヤノンU.S.A.の社長を務め、販売会社を現地法人化して各地域に根差した経営を志向するなど、米国流の合理的な経営を現場で体得した。
- 帰国後は1981年に取締役、1989年に代表取締役専務へと昇進し、1995年9月に代表取締役社長へ就任した。社長就任にあたっては「日本国内中心の企業活動では会社は大きくならない」との問題意識から、世界に市場を求めて経営体制の変革に着手した。
- 2006年に会長へ退き、同年から2010年まで日本経済団体連合会(経団連)会長も務めた。だが事業ポートフォリオ転換の総仕上げを担うべく、2020年5月に代表取締役会長兼社長CEOとして社長を再び兼務する。プリンティングにメディカル・イメージング・インダストリアルを加えた「4つの柱」への構造転換を、自ら経営の前面で主導し続けている。
所属・役職1961年19801990201020202025年╱╱╱╱
キヤノン
1961年入社
1979年キヤノンUSA社長
1981年取締役
1989年代表取締役専務
1995年代表取締役社長
2006年代表取締役会長
2012年代表取締役会長兼社長CEO
2020年代表取締役会長兼社長
| 年月 | 内容 |
|---|---|
| 1961-04 | キヤノン入社 |
| 1979-01 | Canon U.S.A.,Inc. 社長 |
| 1981-03 | 取締役 |
| 1985-03 | 常務取締役 |
| 1989-01 | 本社事務部門担当 |
| 1989-03 | 代表取締役専務 |
| 1993-03 | 代表取締役副社長 |
| 1995-09 | 代表取締役社長 |
| 2006-03 | 代表取締役会長兼社長 |
| 2006-05 | 代表取締役会長 |
| 2010-12 | 株式会社読売新聞グループ本社監査役(現在) |
| 2012-03 | 代表取締役会長兼社長 |
| 2016-03 | 代表取締役会長(現在) |
| 2020-05 | 代表取締役会長代表取締役会長兼社長(現在) |
発言集公開インタビューからの発言(画像はOGPより引用・改変なし)
「変化は進化であり、変身は前進です。」
「経済人のわれわれにとって一番困るのは、先が見えないということ。非常に対応の難しい世の中になりました」
「わたしが社長になった時、日本国内中心の企業活動では、会社は大きくならないと。やはり、世界に市場を求めないといけないということで、経営体制を変革してきました」
「結局、企業は人ですから。企業を支えているのは人なんですから」
「気候変動や資源の有効活用、人権などの社会課題への対応は、企業の社会的責任に留まらず、グローバル企業として事業を継続するための不可欠な条件です。」
「わたしの23年間の米国駐在のうち、最後の10年間はキヤノンUSAの社長でしたが、会社を成長させるためには、独立した販売会社として、各々の地域に根差した経営をしなければならないことを痛感していました」
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