御手洗毅

キヤノン・元取締役社長

Mitarai Takeshi(敬称略)

更新:
社長就任 1942年9月
生年月日 —
学歴 北海道帝国大学医学部
出自 —
社長就任までの出自
出自

1933年11月、東京麻布六本木に精機光学研究所が発足した。精密高級35ミリカメラの研究と製作を目的に掲げ、1935年に製品化へこぎつけている。当初の"Kwanon"は、聖典・規範・標準を意味する"Canon"へ改めた。1937年8月には資本金100万円で精機光学工業株式会社として東京目黒に創立し、御手洗毅氏は1942年9月に取締役社長へ就任した。

社長に選ばれた経緯
抜擢

初代社長であり、前任はいない。社長就任は1942年9月で、会社は1939年からレンズを内製し、日本最初のX線間接撮影装置・X線キヤノンを完成させて医療機器へも進んでいた。敗戦の翌月の1945年10月に生産を再開し、1946年のキヤノンS型は進駐軍将兵と来日バイヤーに好評を得て、社名が海外に知られる端緒となった。

在任中の主な施策
施策

1947年9月に商号をキヤノンカメラ株式会社へ改め、1949年5月に東京証券取引所へ上場した。1951年に英国系商社ジャーデンマセソンと海外輸出総代理店契約を締結し、同年11月に東京都大田区下丸子へ本社と工場を集めている。1955年10月のニューヨーク支店と1957年9月の欧州総代理店Canon Europe S.A.で北米と欧州の販路を押さえた。1964年10月に電子式卓上計算機で事務機へ入り、1968年にはNPシステムで普通紙複写機へ参入し、1969年3月に商号をキヤノン株式会社へ改めた。

在任の評価
評価

執筆予定

経歴 1937〜1974年
在任中の業績
就任前-
退任時-
変化-
就任前-
退任時-
変化-

免責事項およびポリシー